ナインボール

 スコープ越しに見える動物が倒れた。

 十字線のついた光学照準器。その真ん中にいる。

 オプティカルサイトによる長距離精密射撃。

 命中したのは実弾ではない。エネルギー弾(便宜上ビームと呼ぶ)が当たり、動物は気絶している。

 実弾が使われていた頃、銃身は長い必要があった。弾道を安定させるためだ。

 ビームが使われるようになって、昔と同じ長さは必要なくなる。

 しかし、狙撃銃は長い。

 いつの時代も、人は無駄を好んでいた。


「鈍いやつだな」

 青年が、銃から身体を離した。撃った直後に、人差し指は伸ばされている。

 引き金に指をかけ、曲げるのは撃つ瞬間だけ。銃口の先に長い刀が伸びている、という心構えで扱わなければならない。

 倒れている動物は、緑色のカバもどき。

 周りに生えている植物も、地球の生物とは異なる。ここは地球ではない。

「さすがだね。エフ」

 もう一人の青年が褒めた。同じような長さの銃を持っている。だが、すこし形が違う。

「まだ弾はあるし、時間もある」

 二人とも、迷彩柄の服を着ていた。次の獲物を求めて移動する。


 銃は骨董品だった。

 地球で動物を撃つことは禁止されている。そのため愛好家は、わざわざ別の星で狩りをおこなう。

「やっぱり、ボルトアクション方式がいい?」

「いや、ただのロマンだ」

「ハンドガンを持たないといけないし、ね」

「でも、やめられないんだよな」

 エフ氏の持っている狙撃銃は、連続で撃てない。一発撃つごとに、手動で弾を装填しなければならない。

 当然、引き金から手を離し、目標と照準がずれる。

 構造が簡単で、高い精度を出しやすい、というのは実弾での話。ビームでは意味がない。

 しかし、愛好家のあいだでは、未だに根強い人気がある。

 理由を知るのは好む者だけ。

 オートマチック方式の銃は連続で撃てる。

 自動で弾を装填するときに、間隔の余裕が必要、だったのは実弾での話。ビーム銃ではそれがない。装填時の誤差で、精度が落ちることはない。

 エフ氏の友人が持っているのは、このタイプの狙撃銃。

 ただし、ビームは距離で減退する。致命傷になるのは、至近距離のとき。

 逆に言えば、離れている相手の命を奪うことはない。

 二人は、食料を得る目的で撃っていなかった。スポーツ感覚だった。


 エフ氏と友人は、物陰に身を隠した。

 なだらかな山の頂上から、スコープを覗く。

 原生生物の楽園が、盆地の中に広がる。見えるのは、地球の動物と雰囲気が似た、様々な色の生き物。

「あまり、時間がなくなってきたね」

「まあ、決まりだからな」

 狩りのできる時間、撃てる弾の数は決まっていた。場所も指定されている。

 室内で無機物を狙うほうが安上がりなのは、言うまでもない。


「ナインボールをやるか」

「了解」

 本来はビリヤードのルール。当然、ここに台はない。

 1番から順番に狙って、最後に9番を落とせば勝ち。ミスをすると相手の番になる。というのが大まかな決まり。

 9種類の動物を、大きい順に狙う。約1キロメートル先を撃つ。

 というのが、二人のルールだった。

 おとなしそうな青年が先に撃つことになる。直撃。

 赤いゾウのような動物が倒れた。

 エフ氏の友人は、涼しい顔をしている。命中すれば続けて撃てる。

 青いキリンのような動物が倒れた。

 その様子を見ているエフ氏。

 スコープは、ただ遠くを見るだけのものではない。電子機器で目標物との距離が計算されている。地図上にも表示され、狙いをほかの人に教えることもできる。

 黄色いサイのような動物が倒れた。

「腕を上げたな」

 エフ氏は、素直に友人を褒めた。

 次は当たらなかった。外せば相手の番になる。


 黄緑色のラクダのような動物が倒れた。

 エフ氏が狙撃銃を構えている。引き金から手を離し、ボルトを引いて次の弾を装填した。

 紫色のトラのような動物が倒れた。

 引き金から手を離し、ボルトを引いて次の弾を装填。すぐ狙いを変える。スコープを覗く目に、迷いはない。

 水色のウマのような動物が倒れた。

「やっぱり、すごい」

「ただの慣れだろ。このくらい」

 すでに引き金から手を離していた。

 実弾では、風、気圧、火薬などの影響を受けて狙うのが難しい。

 対してビームは、重力以外に大きな影響を受けない。エフ氏は本音を言っていた。

 ボルトを引いて次の弾を装填する。

 二人は、いつものように会話していた。すこしずつ過ぎていく時間。


 橙色のシカのような動物が倒れた。

 エフ氏の表情は変わらない。引き金から手を離し、ボルトを引いて次の弾を装填した。

 あと二匹。

 1キロメートル先の、素早い動きが見える。止まるまでじっと待っていた。

 引き金が引かれる。

 黒いオオカミのような動物が倒れた。

「あと一匹だな」

「これなんて、どう?」

 白いトリのような動物を見ていた青年。エフ氏も、スコープ越しに見る。

「やってみるか」

 口元がすこし緩む。

 引き金から手を離すエフ氏。ボルトを引いて次の弾を装填する。スコープを覗くと、動きが止まった。

 いるはずのない少女が見える。

 目が合った。

「1キロ先だぞ」

「どうしたの?」

 友人は、不思議そうに聞いた。

 この辺りにいるのは二人だけのはず。

 少女は銃を持っていない。地球のように、気軽に散歩できるような星ではない。

「見えないのか?」

 スコープから目を離した。友人を見る。変わった様子はなく、普段どおり。

 再びスコープを覗くと、そこに姿はなかった。


「疲れているんだな」

 エフ氏は呟いて、白いトリのような動物を狙った。

 指が曲げられる前に、獲物の色が変わった。何かの影が差している。

 スコープから目を離し、肉眼で確認する二人。

 音もなく、空に巨大な物体が浮かぶ。

「何? 予定にないよ」

「軍事演習か?」

 戸惑う二人をよそに、巨大な物体は悠々と着陸した。

 白い船から、白い何かが降りてくる。


 エフ氏がスコープで覗く。

 次の瞬間、青年は倒れた。

 もう一人の青年は、スコープを覗いていない。その場でうずくまっている。

 しかし、迷彩柄の服では姿を隠せていなかった。


 白い何かは、武器を持っていない。

 分子の状態を視覚化し、遠くの情報を得ることができる。

 さらに、分子を直接操作して、物質を作り出した。無から有を作り出すに等しい技術を持っている。

 目に見えないほど小さな兵器を作る。狙って、攻撃した。

 結果、人間は倒れた。

 息はある。すぐに目を覚ます程度の、かわいい攻撃だった。

 白い何かは喜んでいる。

 確認している人間は、いない。

「珍しい動物に当てるなんて」

「高得点だな」

「次の星いこうぜ」

 白い服を着た三人の異星人が、白い宇宙船に入る。音もなく飛び立ち、空の彼方に消えていく。

 知的生命体は、いつの時代も無駄なことを好んでいた。

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