サイコロ

 サイコロが振られた。

 6が出る。

 食事中のショートヘアの少女。サイコロをしまった。幸せそうな顔で食べている。

「おめでとうございます!」

 突然、声を掛けられた。お店の人が、にこにこしている。

「あなたが、当店の、1万人目のお客様です!」

 拍手が起こった。

 すこし恥ずかしそうに礼を言う、十代後半の少女。

 料金がタダになった。


 すこし前の出来事。

 ショートヘアの少女は倒れていた。

 お腹が空いていた。

 橋の下で、川の流れを見ている。ひたすら見ていた。

 南北に架かる橋。南西にいた。

 誰かが、東側にいる。

 視界の端で捉えて、足のほうを向く。立っているのは、知らない誰か。年下に見える少女。

 身体を起こしたとき、すでに姿はなかった。

 そこには、サイコロが落ちていた。


 フラフラと歩く少女。

 前をよく見ていない。年配の女性とぶつかった。相手も、前をよく見ていなかった。

「ごめんなさい」

「大丈夫かしら?」

 すぐに、お互い声を掛けた。無事を確認する。

 立ち去ろうとしたとき、サイコロが転がっているのに気付く。

 4が出ていた。

 何かが落ちているのにも気付く。財布だった。そして。

「落としましたよ」

 ショートヘアの少女は、相手を呼び止めた。

 年配の女性は感激している。

「大事な写真が入っているの。ありがとう」

 見せられた写真には、男の子が写っていた。二人のよく似た笑顔。

 つられて微笑んだ。

 背を向ける少女。すると、女性に呼び止められる。

「気持ちだけ、受け取って」

「えっ。ありがとうございます」

 すこし迷った少女が、お金を受け取る。

 一週間は食事に困らないだけの額。


「まさかね」

 公園のベンチに座る少女。サイコロを振る。

 2が出た。

 食事を済ませて、すこし眠くなっている少女。大きく伸びをしたところに、ボールが飛んできた。頭に当たる。

 公園内は、ボール遊び禁止のはずだった。

 ふくれっ面が、すぐに違う表情になる。

「もしかして」

 少女の目の前で、女の子の手から風船が飛んでいく。とっさにサイコロを振った。

 5が出た。

 すぐにサイコロを拾う。突風が吹き抜けた。

 偶然にも、近くの木で止まる風船。ヒモが絶妙に引っかかっていて、傷はない。しかも、女の子の手が届く高さだった。

 口元を緩める、ショートヘアの少女。


 久しぶりの、一日三食。

 お腹いっぱい食べた。幸せそうな顔で食べ終わった少女は、貧乏だった。

 家に戻り、自分の部屋に入る。物がすくない。

 殺風景な部屋で、サイコロを眺める。

「何が起こるのかな」

 しばらく、何かを考えていた。


「わかってるって」

「お前、もっとマシな仕事探せよ」

 少年は呆れていた。

 貧乏な少女は、楽な仕事をしていた。いや、違う。

 選ぶ基準が、短時間のものだけ。

 上を目指していない。自ら望んで貧乏になっている、と言ってもいい。

 心配する友人。

 ショートヘアの少女は、それに気付いていなかった。


 街に大きな音が響く。

 事故が起きていた。自動車が無残な姿になっている。

「このままでは、助からないかもしれない」

 人垣から、悲痛な声が聞こえた。

 少女は悩んだ。目を開けると、サイコロを振った。

 出た目は、4。

「お願い」

 少女は祈った。

 やってくる救急車。

「大丈夫ですよ。いきましょう」

 落ち着いた声が聞こえた。

 遠ざかる車を見ながら、少女は震えていた。サイコロを、ぎゅっと握り締めている。


 サイコロが振られた。

 3が出る。

「ダメかあ」

 お菓子についていたくじは、外れた。ショートヘアが揺れる。

 少女は、橋の下にきた。あのとき見た人物の姿はない。

 一度振り返り、不安そうな顔で歩き始めた。


「なにそれ?」

「勝手に送ったのは謝るけどさ。今の仕事よりいいって」

 少年は写真を送っていた。

 少女は知らなかった。サイコロを使っていない。実力で勝ち取っている。

「興味ないよ。しんどそうだし」

「待てよ」

 少年が手を掴む。サイコロが落ちた。

 6が出る。

「どうでもいいときに限って、六」

 口を尖らせて、呟く少女。半開きになる目。

「養ってくれるの?」

「本気にされたらどうすんだ。ほかの奴に言うなよ」

「ふうん」

「待っててもらうから、連絡しろよ」

 ため息を吐く少年。

 芸能事務所に連絡はされなかった。


 少女は、街の片隅にいた。

 何かを買う前にサイコロを振る。

 4が出る。

 スピードくじが当たり、わずかにお金が増えた。

 さらにサイコロを振る。

 6が出る。

「んっ」

 思わず、声が出た。

 買ったくじが当たる。手にした金額で、半年は食事に困らない。

 ショートヘアの少女は、笑っていた。

 そして。サイコロを振った。

 1が出る。

 くじは、外れた。

「外れるよね。やっぱり」

 大きく伸びをする少女。表情は、あまり変わっていない。

「少し、よろしいですか?」

 誰かに声を掛けられた。

 くじを売っていた人も、声を掛けられている。

 話し掛けてきたのは、二人の警察官だった。少女は複雑な表情。

「くじを買っただけです」

「詳しい話は、署で聞かせてくれますか?」

「はい」

 おとなしく従う少女。くじで当たったお金が押収される。

 それは、お金ではなかった。

 偽札だった。


「地道に働くべきだったなあ」

 少女は気付いた。

 その手には、サイコロが握られていない。

 どうにか、偽造通貨の件とは無関係だと分かってもらえた。

 少女は眉を下げる。

 警察署の前に、少年がいた。

 辺りを、夕焼けが照らし始める。赤く染まっていく二人。

 ショートヘアの少女は歩き出す。すこし恥ずかしそうにしながら、前に進む。

 晴れやかな笑顔を見せた。

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