五つ星

 豪華な建物に入る。

 ホール面積は、70平方メートル以上。

 国際顧客へのサービスが充実している。フロントは24時間対応。

 部屋には、国際チャンネル付きテレビや、エアコンがある。広さは24平方メートル以上。

 インターネットにアクセスできる。

 ほかには、プールやジムなどを完備。当然、客対応の気遣いも忘れない。

 実は、国によって定義は異なる。

 ホテルの星を確認する際は、お気を付けください。


 男が部屋に戻る。

 ホテル内のレストランで、夕食を済ませていた。

 大きな窓から、街を眺める。

 情報端末をいじり、手を止めた。

 電話の置いてある場所へ行く。興奮気味に誰かと話した。

 備え付けのメモ帳に、何かを書いている。

 いつの間にか、広い部屋の中に少女が立っていた。

 気付く男。

 しかし、すぐにメモ帳のほうを向いた。

「気のせいだな」

 呟いた男は、何者かに襲われた。


「証拠は見つからんのか」

「全力で捜査しております」

「上から、彼が来るそうだぞ」

「難事件認定、早すぎやしませんか」

 警部は、苦虫を噛み潰したような表情になった。上司の言う人物に、よくない印象を持っているようだ。

 雑然と物が並ぶ机に背を向ける。

 たくさんの人が席に着く、灰色の部屋。扉を開け、署の入口へと向かった。


 入り口も灰色だった。

 あまり大きな警察署ではない。

 警部が外へ出る前に、誰かが扉を開けた。

 あくびをする、若い男。

「おはようございます」

「おはようございます」

 中年の警部は、挨拶を返した。憮然としている。

 目の前にいる人物は、髪がボサボサ、服もヨレヨレ。やる気が感じられない。

「では、いきましょう」

「はい」

 警部が、警視の意見におとなしく従った。警部の階級は、警視の一つ下。

 二人を照らす日の光。

 警視は、上から五番目の階級。所属長や警察署長などの官職に就く者が多い。

 だが、捜査官として活動する者もいる。

「楽しみですね」

「は?」

 相手の言葉に耳を疑った警部。うっかり、失礼な言葉を発した。

 嫌な顔をせず、青空にそびえ立つ入道雲を見る警視。

 二人は自動車に乗り込む。

「ホテルで、のんびりできそうじゃないですか」

「……」

 警部は何も言わなかった。冷静に車を運転する。


 警視は、難しい事件に慣れ過ぎていた。

 のんびりさせて欲しかった。態度、表情、全身で気持ちを表している。

 彼は疲れていた。

 難事件を全て解決に導く天才。

 何と呼ばれようが関係なかった。彼の心が休まる場所は、すくない。


 豪華な建物へと向かう。

 高いビルの前に、自動車を横付けしなかった。駐車場に行き、車から降りる二人。

 警視がホテルに入り、警部も後に続く。

 端に椅子が並んでいるホール。フロント係と、ルームサービス係と、支配人らしき人物がいる。

「犯人わかりました」

 警視は呟いた。

 視線の先に、十代半ばの少女が立っている。

 爽やかな笑みを浮かべて、手を振る警視。

 少女は何も言わない。広いホールを見回していると、少女の姿は消えていた。

 ひそひそと伝える警部。

「解決でありますか?」

「証拠が必要です。後で探しましょう」

 若い男は椅子に座った。すっかり落ち着いている。

 警視に代わって、事件の説明を始めた警部。

 被害者は意識がなく、情報を得られないこと。部屋の鍵がかかっていたこと。つまり、外部犯の可能性は低い。

 ホテルの関係者三人へ、伝えた。

「自首するなら、早い方がいいと思いますよ」

「え?」

「そろそろ、被害者の意識が戻るかもしれません。勘ですが」

「そのようなことは、言わないほうがよろしいかと」

「えーっと、忘れてください」

 警視は、関係者への聴取をほかの人に任せた。

 二人は現場へと向かう。


 広い部屋だった。

 捜査員が大勢で調べている。

 眠そうな目の警視は、情報端末をいじり始めた。すると、少女が現れた。捜査員たちは気にしていない。

 部屋にある電話の場所まで歩く警視。

 事件現場はそこだった。メモ帳がない。

「持ち物検査をしましょう」

「はい」

 警部が即答した。

 少女の姿は、すでにない。部屋を後にする二人。


「ハイエンド、ですか」

 警視は、唐突にカテゴリーを口にした。

 ホールの隅に関係者が集まっている。フロント係、ルームサービス係、支配人。三人とも不安そうな表情。

「事件に、関係しているのですかな?」

 警部は分かっていなかった。

 眉を下げる、ボサボサ頭の人物。気だるそうな顔。

「もう少し、のんびりしたかったですね」

 持ち物検査は行われなかった。

 犯人が名乗り出たからだ。その表情は歪んでいる。

「あいつが、脅してきたんだ」

「それはいけませんね」

「あの部屋だけだったんだ。あのときだけ、偶然」

「災難でしたね」

「そうだ。あいつが悪いんだ」

「違いますよ」

 警視は、精悍な顔を向けて断言した。

 自首した人物は、うなだれている。

「一歩、間違えれば、命を奪っていたかもしれないんです」

「……」

「どんな理由があろうと、その選択をすべきではありません」

 支配人は、一枚のメモを取り出した。

 五つ星偽装、と書かれていた。


 インターネットが使えなかった。

 偶然、被害者が使おうとしたとき、その部屋でだけ。

 五つ星ホテルの条件に、インターネットの快適な利用がある。それだけの理由で、命が失われる可能性があった。

「偽装にはなりませんよ」

 常に万全の状態を保つことは不可能だ。

 この国では、過剰にそれが求められていた。結果、追い詰められる人が現れる。

 メモ帳が発見された。場所は、ホテルの金庫内。


 メモとメモ帳は合致した。

 ぴたりと合わさる、破られた紙。そして、メモ帳から、被害者の血液が検出された。

 取調室の支配人は、やつれた様子だった。


「何をしても見られている」

 支配人は、繰り返し言った。被害者の意識が戻ったことを聞くと、涙を流した。

 取調室を後にした警部は、目を潤ませている。

「良心の呵責に、耐えられなかったのですかな」

「そういうことに、しておきましょう」

「ん?」

「いえ、きっとそうです」

 警視は笑った。

 視線の先に、少女はいなかった。

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