三すくみの国

 刃物の国。

 ここは、そう呼ばれている。

 本来の名前を聞いたのはいつだったか。覚えてない。呼びにくいか、覚えにくいか、両方か。

 まあ、それはどうでもいい。特に面白いものがない、退屈な国だ。

 普通、あるいは平凡。

 オレの仕事も面白くない。

 みんな刃物を作ってる、ってわけじゃない。

 鍛冶職人だのなんだのというのが昔はいたらしいが、今いるのか知らない。

 今では刃物を作っている人の方が少ない。

 ここは、普通の国だ。


 オレは工場で機械を作っている。

 日用品じゃない。自分では一生使わない、わけのわからないものだ。

 別の国はどうなってるんだろうか。

 ここ以上に退屈な国なんて、あるのか?


「我々は、戦いを挑む!」

 国の長が何か言い出した。

 長にしては若い。といってもオッサンだ。

 オレよりは年上だ。

 狭い部屋で放送を見てる場合じゃないな。オレは、仲間の家に向かった。

「鈍器の国に宣戦布告する!」

 案の定、みんな集まっていた。

 長がモニターに映っていて、長話は続いている。オレは苦笑いした。

 刺激は欲しかったが、それは、いらない。


 仲間の家は大きい。

 刃物の国では珍しい、広い部屋。くつろげる。追い出されないようにしないと。

 公共施設はどこも割高だ。遊び歩くだけの金はない。

 家の主であるエス氏は穏やか。

「気を遣わなくていい」

 と言うが、そうはいかない。オレ以外も、そう思っているはずだ。

 気の合う仲間。

 エス氏も工場で働いている。

 大きな家に住んでいると知って、驚いたのを思い出す。何かコネがあって、もっといい仕事にありつけそうなものだが。

 家が大きいのは昔の何かが原因、らしい。

 そうだ。

 昔のことなんて覚えている人は少ない。

 鈍器の国に敗れたという言い伝えも、手を出すなという教えも。そのときの様子を、誰も知らないんだから。


「終わったね。放送」

「戦いに駆り出されるのか?」

「そんな余裕ない」

 全くだ。戦うなら一人でやれ。

 仲間も同じ気持ちだった。

「今の時代、遠隔操作で可能なはず」

 エス氏が言った。

 ああ、工場で作っている機械や、その他の機械を使うのか。機械同士の戦いか。

 とはいえ、実際に動かすのは人間。

 人同士が戦うとはどういうことなのか。長は忘れてしまったようだ。


 オレの暮らしに変化はない。

 戦いを宣言して、すぐに攻め込むというわけじゃなかった。相手の出方を待っていた。

 結果、お互いにひどい罵り合いになる。

 こっちの長は中年。相手の長は年寄りだ。

 オッサンとジイサンだっていうのに、まるで子供のケンカみたいだ。

 子供に見せられないな。これは。カンベンしろ。

 第三の国が動いた。

 紙の国。

 緑が多そうだ。それ以上の印象はない。

 自然に囲まれて、心も穏やかなんだろうか。戦いをやめろと言っている。

 仕事の休憩時間。

 放送を見ている職場の人間は、特に話題にしていない。オレも何も言わなかった。

 皆、仕事に戻っていく。


 どちらの国も態度が変わらなかった。

 まあ、当然だな。

 振り上げた拳を下ろせないんだろう。そう思っていると、予想外の出来事が起きた。

 紙の国が、介入を宣言した。


 エス氏の家。

 今日は休日だ。珍しく、オレしか来てなかった。

 モニターに映った人物が、戦いに介入すると言っている。年配の女性だ。

 紙の国が何をするつもりなのか。

 柔らかな雰囲気で言われても、説得力がない。

 そのときオレは、少女を見た。

 視界の端に、ぽつんといた。そちらを向く。確かに、そこにいる。

 エス氏の彼女じゃないな。若い。迷子か? 大きな家だ。迷い込んでもおかしくはない。

 声を掛けようとしたオレは、後ろから呼ばれる。

 もう一度見たとき、姿はなかった。

「介入するの?」

「知らん」

「興味ない」

 紙の国に対する反応は薄い。

 さっきのは何だったんだ。座敷童か?

「情報が少なすぎる」

 そのとおり、だな。

 移動していたなら、エス氏と鉢合わせしたはず。

 後ろからオレを呼んだ三人。全員が見ていない、謎の少女。

 声を掛けておくべきだったか。

 なぜか、オレはそう思った。


 ついに、そのときが来た。

 刃物の国が、攻撃を仕掛けた。

 なにやってるんだ。

 暗い中、遠くにたくさんの星が見える。映像に出てきたのは、見覚えのある機械。

 鈍器の国の防衛ラインを突破できない。

 オレの作っていた、ビーム発生装置は無力だった。

 相手はビームを球体に展開している。攻防一体の武器。本体は小さな機械。どういう仕掛けなのか、光は大きな形を維持している。

 針一本で、ハリセンボンに挑むようなものだった。

 ビームソードが、おもちゃのナイフに見えた。なにもできはしない。

「無理そう」

「国から出るしかないぜ」

「手段がない」

 仲間の顔は暗い。

 国から出ることは、できない。

「……」

 普段は頼りになるエス氏も、黙ったままだ。

 一つだけ、いいことがある。

 鈍器の国がすぐに攻めてくることは、できない。


 惑星は自転している。

 三つの国は、惑星の周りを等間隔に離れて回っている。つまり、移動には制約がある。

 エネルギーをほとんど使わずに攻められる国。いま戦っている相手だ。

 逆に、自転と同じ向きへ進むためには、時間と労力がかかる。

 すでに、紙の国が介入を宣言している。移動しやすいからと、国を素通りして攻めてくるのは無理だ。

 時間をかけて、正面から来るしかない。

 紙の国が強ければの話だが。


 モニターに、見慣れないものが映った。

「現存していたとは」

 エス氏が、表情をゆがませた。

 三人は何も言わなかった。オレも、何も言わなかった。

 船のようなものが向かってくる。昔、習ったことがある。軍艦だ。真っ直ぐ向かってくる。

 宇宙の大海原を悠々と進む、白い船。

 おもちゃのナイフは、次々と砕かれていった。

 そして。軍艦が止まった。

 いや、実際は、すごい速さで惑星の周りを回っている。この国と同じ速度だから、止まっているように見えるだけだ。

 長たちが会話をしてるのか?

 オレには分からない。黙って見ているしかない。

 砲撃はなかった。

 船から何かが出てくる。どこかで見たような気もする。思い出した。ハリセンボンだ。

 機械は光を放った。

 巨大なビームハンマーが迫ってきた。


 Vの字になっている刃物の国。

 くっついてはいない。それぞれが独立して回っている。回転で、コロニー内に重力が生まれる。

 商業区と工業区。どちらが狙われているのか、分からない。

 足元が砕けるのか?

 空が、いや、天井が割れるのか?

 オレは、地上を人が住めないほど汚したという、昔の人を恨んだ。


 ビームハンマーが、はっきりと見える。

 コロニーの半分ほどの大きさだ。これを防ぐのは無理だ。

 ここまでか。

 モニターが光る。なんだ、これは?

 刃物の国の前に見えるのは、巨大な網。

「ビームネット」

 そういう名前なのか。あれは。

 エス氏は、大きく息を吐き出した。

 信じられない。巨大な網が、ハリセンボンを捕らえた。そのまま加速して、軍艦に突っ込む。

 網の仕組みはよく分からない。しかし、機械で制御しているのは間違いない。

 同士討ちを避けるために、ハリセンボンはトゲを消した。

 軍艦が光の網で包まれる。砲台が使用不可になった。

 これ、誰も乗ってないんだろうな?

 ビームネットは、光を噴射しながら軍艦を握りつぶした。


「運が良かった」

 エス氏は多くを語らなかった。

 昔、紙の国を助けた一族の末裔らしい。恩を返してくれたと言う。

 まあ、分からないのか話したくないのかは、どうでもいい。

 オレは笑顔を返すだけだ。

 仲間と、生きている幸せを噛み締めた。

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