ふたつの宇宙船

 宇宙船が飛び立った。

 ここは地球ではない。宇宙ステーションから手を振る人々。

 鋭い形をした船と、丸みを帯びた形の船が、並んで飛んでいた。

 輝きを強める、鋭い船。四方向に光を伸ばす。十時の形に光を迸らせて、みるみるうちに遠ざかっていく。

 丸い船は、急加速しない。

 宇宙ステーションから、片方の船を見ることが出来なくなった。


 人類が宇宙に出て、長い年月が流れていた。

 しかし、いまだ光の速度を超えた航行技術は存在しない。

 行ける範囲、出来ることには限界がある。

 期待され続けて伸び悩む、宇宙船のパフォーマンス。多くの者が知恵を絞っているにもかかわらず。

 光の壁を超えない限り、見えない壁に阻まれる。

 人類は、銀河系の外に出ることを、夢物語だと思うようになっていった。


 火星。

 直径が地球の半分ほどで、重力も半分以下。

 テラフォーミングを行った人類。惑星の環境を、長い時間かけて変化させるというものだ。

 結果、人が住めるようになった。

 自転周期が、偶然にも地球に近い。一日は、地球時間で約24時間40分。

 さらに、地球と同じく自転軸を傾けている。

 季節も存在した。

 人で溢れた地球から、たくさんの人が移住することになる。そのほとんどは貧困層だった。

 星が見える場所。

「分かりました」

 二十代の男が、自室で通話を終えた。

 帽子を被って部屋を出ていく。

「ぜいたくの極みだな」

 火星上空。いや、宇宙に浮かぶスペースコロニー。富裕層が多く住んでいる。

 頭の上、遥か遠くにも見える地面。コロニーは、巨大な筒状。回転することで、地球と同じ重力を得ている。

 人々は、望んで地球に縛られているのかもしれない。


 いつしか、宇宙船は娯楽の一つになった。

 夢を抱く者は少ない。

 見た目や、無意味な機能を競っている。

 ひたすら続く足踏み。

 スポンサーが求めていたのは、刺激だった。

 性能向上のための競争、と言えば聞こえはいい。やっていることは、ただのレースでしかない。


 帽子の男が腕を組んでいた。

 若い男が近付いてくる。

「船長! よろしくお願いします!」

「仕事熱心なのはいいが、私に気を遣う必要はないぞ」

「はい!」

 元気よく返事をした若い船員。すぐに、くだけた口調で話し始める。

 帽子姿の船長は、楽しそうに笑った。視線を上に向ける。

 丸みを帯びた形の宇宙船が、そびえ立つ。

 レースの日が迫ってきた。

 大勢で宇宙船の整備をしている。その中に、船長の姿もあった。

 船員は整備班と話して、嬉しそうな顔をしている。

 話に船長も加わった。

 性能と追加機能の復習が始まる。あとは、最終調整を残すのみ。


「君か。今度の相手は」

「そうですね。お互いベストを尽くしましょう」

 話し掛けられた船長は、誠実に答えた。

 コロニーの中では庶民派のレストラン。宇宙事業の関係者が集まる場所でもある。

 二人とも夕食を終えていた。

 相手の中年男性から漂う、酒の匂い。

「最新型の宇宙船を相手にする奴が、他にいなかったか」

「そうみたいですね」

「まあ気にするな。はっはっはっ」

 船長のライバルは、笑いながら去っていった。


 数十時間後。

 宇宙船は競争していた。

 鋭い形の船が、小惑星が点在する場所に突っ込んでいく。

 最短ルートだ。

 最新の機能が備わっているため、ぶつからずに抜けることができる。

 しかし、速度を落とした。十時の光が消える。


「アステロイドベルトを避けて航行する」

「了解、迂回」

 帽子の船長の指示で迂回する、丸みを帯びた形の船。旧式のため、ぶつからずに抜ける機能がない。

 深く考えていない様子の、若い船員。すぐに従った。

 そして、雑談しない。

 ライバルの速度が落ちた。だが、最短ルートを通っていることに変わりはない。

 椅子に座る船長は、腕を組んでいる。小惑星帯に向かう指示は出さなかった。

 その目は、まだ諦めていない。

 船員の態度は軽い。

 若く、未熟な面もある。しかし、腕は一流だ。船の性能を上げ、さらに追加機能も備えさせた。

 最終調整まで一切手を抜かなかった。船長を信じている。

 その目は、先を見ていた。


 帽子の船長は目を疑った。

 この場にいないはずの人物が、窓の側に立っている。

 十代半ばの少女。何も言わない。

 目を逸らせずにいた船長。その姿の先に、惑星を見た。

「まさか」

 環の付いた大きな惑星が瞳に映る。

 注目したのは一瞬。

 だが、視線を戻すと、窓の側には誰もいなかった。

「木星に向かう」

「了解、っと」

 船長の指示で、船は木星へと舵を切る。黒い部分の多い星の海を、最大船速。

「準備、完了してますよ」

「よし。あれを使うぞ」

 帽子の船長は、にやりと笑った。頭に手をのばす。

 木星の重力圏に入る。

 丸みを帯びた形の船は、減速しない。

「いくぞ!」

「対ショック姿勢、とります」

 だ円を描いて、木星の周りを飛んでいく。

 重力圏に入って出ていっても、加速するわけではない。

 通常は。

 八方向から光を噴射し、加速する船。


 ライバルの船は最短ルートを進む。

 あくびをする中年の船長。

「遅いぞ」

「そう言われても、初めてなんですよ。この機能」

 最新型の船に乗っている船員は、応用力に欠けていた。

「加速しろ」

「無理ですよ。いくつか、センサーが反応しません」

「きっちり整備しておけ!」

 鋭い形の船は、小惑星帯で足踏みをしていた。


 ゴール地点を見る、帽子の船長。

 通常の航行では、最新型に敵わない。

 船には、重力からエネルギーを取り出す技術が搭載されていた。星の近くで加速することができる。

 ただし、軌道計算と加速のタイミングを完璧にしなければならない。少しでもずれると、行く先は全く別の場所。

 重力を利用したのは、船員の腕を信じているからこそ。

「急がば回れ、というやつだな」

 丸みを帯びた形の船は、ゴールした。

 しばしの間。

 鋭い形の船は、遅れてゴールした。

 ゴールには誰もいない。最初から誰もいなかった。

 惑星のない場所に点在する、無人の宇宙ステーション。そのうちの一つが、ゴール地点。立体映像で場所を示している。

 レースは終わった。


 スタート地点の宇宙ステーション。

 ゴールとは違って、立ち入りが許されている。ただし、収容人数が限られるため、料金は高い。

 レースの様子が各地の宇宙ステーションから中継され、皆で楽しんでいた。

 ゴールの瞬間、歓声が沸きあがった。


 木星。

 大部分はガスで形成されている。しかも、重力は地球の3倍弱。地表の環境は変えられていない。

 人々は、スペースコロニーに住んでいる。

 いくつもあるコロニー。その内の一つで、表彰式が行われる。

 関係者用の発着場。

「レースの後で勝つとは皮肉な」

 すでにコロニーに到着していた、船長のライバルが話しかけた。

 宇宙船から降りた二人は、お互いの船を見ている。

「減速と方向転換に、時間がかかりました」

 無言のまま、眉を下げながらも笑顔を作り、右手を差し出すライバル。船長は、すぐに右手を差し出した。

 ふたりの船長が、握手を交わす。


 船長は帽子を取っていた。

 隣に、口角をすこし上げた船員の姿。

 広場の中心に立つ二人。大勢の人々が、輝いた眼差しを向ける。

 若い女性が、インタビューを行う。

「大方の予想を覆した結果に、皆さん驚かれていますよ」

「優秀な船員と、関係者の皆さんのお力あればこそ、です」

 船長は軽く頭を下げた。

 ギャラリーから拍手が起こる。

「素晴らしいコメント、ありがとうございます」

「最後に一つ、いいですか?」

「はい」

「宇宙には勝利の女神がいた」

 若い女性は頬を染めた。しかし、船長はそちらを見ていなかった。

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