第5話『水もしたたる正直者』

お題   『湖』『見返り』『輝くツンデレ』

ジャンル 『指定なし』



「あなたが落としたのは金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」

「いいえ、僕が落としたのは僕自身です」

「……はい?」

「僕は今、恋に落ちてしまったのです!」

 この仕事を任されて二十年。

 業界では中堅女神としてのポジションに甘んじる私だけれど、前代未聞の案件が突如やってきた。


「あの、恋とかではなくてですね……」

「愛ですか!」

 初対面の青年は食い気味に叫んだ。

「いや愛でもなくって……さっき、斧落とされましたよね?」

「はい!」

「それは、金の斧ですか? 銀の斧ですか?」

「どちらでもありません!」

「なるほど正直者ですね。そんなあなたには三つの斧をさしあげ」

「斧など必要ありません! そのかわり、僕と付き合って下さい!」

 露骨に見返りを求められた。それも自分の貞操を。これはこれで正直者なのかもしれないが……。

「麗しいあなたの前では斧など取るに足りません!」

「困るんですって。こちらも不慮の事故による水没物はお返ししないと、あなたのこと不法投棄で通報しなきゃいけないんですから」

 内情をぶっちゃける私。もう神もへったくれもない。

 それでも彼の熱は冷めないらしく、恋だ愛だと喚いている。

「……あの、分かりました。この斧を持って帰って頂けるなら、お話くらいは聞きますよ」

 私が鉄の斧を引き上げると青年は快諾し、ひとまず落ち着いてくれた。

「では女神様! 早速なんですが……」

「急かさないで下さいな。こういったことには順序を踏まなくてはいけません」

 私も女神の端くれ。貞淑なイメージは守るべきだろう。

「どうしてあなたは私のことを好きになったのですか?」

「木こりの友人に女神さまのことを聞いたのです!」

 木こり、というと前回やってきたあの正直者のことか。

「どんなことかしら?」

「この湖にものを投げ入れると美しい女神様が現れると」

 なんと、やはり彼は正直者だ。たしかに、この年でまだまだ若い女神や天使には劣っていないと自負している。

「そして女神様の問いかけに答えると、よりグレードの高い品物を貰えるとか」

「まあ、間違ってはいませんね。でも私は正直者にしか慈悲は与えないのです」

「ええそうでしょうとも! ですから僕はここにやってきたのです!」

 一呼吸おいて、青年は言った。


「それでですね女神様、正直に申し上げますと、もう少し若くて胸が豊かで笑顔輝くツンデレ系の女神様とチェンジして頂きたいのですが……」

 私は握っていた鉄の斧を振りかぶり、力いっぱい下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る