第6話『偏食系男子』

お題   『夏』『トマト』『壊れた存在』

ジャンル 『純愛もの』



「好き嫌いはいけないんだよ」

 初めての会話は小学生の時、嫌いな野菜が給食で出た日のことだ。

「だって……トマト嫌いなんだもん」

 スプーンで突きまくって皿の端に追いやったトマトは無残な赤い塊となっていた。

「じゃあこうすればいい」

 少年だった彼は思いついたような口調で、握ったスプーンごと右手を掴み、自分の口に運んだ。

 当時は間接キスなんて知らなかったけれど、猛烈に恥ずかしくなって、その後はよく覚えていない。

 けれどやっぱり、何故彼のことを好きになったかと聞かれたら、あの時のことが頭に浮かぶのだろう。


「ん? おれ、そんなことしたっけ?」

「した。他人のトマト食べた」

「でも嫌いなものなら良いじゃん。むしろ褒めろよ。崇め奉れよ」

 彼はいつだってこんな調子だ。あれから十年経った今も大して変わっていない。

「んで、学生最後の夏休みどこ行く? やっぱ海?」

 嬉々として旅行のパンフレットを広げだした。無邪気な横顔に耳が熱くなる。

「ホテルとかに泊まりでさ。酒飲んで花火してはっちゃけよーぜ! あっおれ温泉入りたい! 混浴!」

 欲求盛んで結構だが、具体的なプランを立てるのは結局こっちなんだろうな。

「他の子は誘ったの? もう就活終わってる人もいるでしょ」

「んー、おれとお前と、あと三人くらい?」

 ……微塵も意識していない。何かもう腹が立ってきた。

 十年間。

 小中高ときて大学まで同じところに入ったのに、彼はまったく気持ちに気づかなかった。奥手ゆえにひた隠しにした手前、あまり偉そうなことは言えないが。

 さすがに就職したらもう一緒にはいられない。かと言って告白するような勇気もない。

 どうしよう。

 はあ、と息が零れる。

「こら、溜め息つくと幸せ逃げるぞ」

「いいよ、どうせ後で吸うから」

 冷房の効いた閉め切った部屋。幸せの逃げる隙間はない。

 愛想なく返して、パソコンでホテルの予約サイトをチェックする。

「部屋割りどうしようかな」

 五人部屋なんてのは流石にないだろう。

「あっ、なあなあ」

 彼が何か閃いたように声を上げる。

「なに?」

「ちょいと失礼」

 ぐい、と顎を持たれて、顔を近づけられる。


 触れる唇と唇。

 止まる時。

 間接でなく。

 直に。


「こうしたらさ、幸せ分けられるんじゃね?」


 小学生の思いつきのようなそれは。

 十年耐えた自制を崩すのに十分な破壊力で。

 事もなげに言う彼はきっとまた気付かない。

 無自覚な言動で理性がぶっ壊れた存在に。


 好き嫌いをしない君。

 そんな君を好きな、僕が嫌いだ。

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