第3話『恋い焦がれたプロポーズ』
お題 『黄昏』『メリーゴーランド』『濡れた廃人』
ジャンル 『指定なし』
病は気から。
何事も心の持ちようだから心配し過ぎてはいけない、なんて意味合いの言葉だったと思うが、だからといって人間は明るいまま、幸せなままに生き続けることなど出来ない。
もしそんなことが出来るとしたら、それはきっと――
燃えるような赤。渦を巻く黒雲。黄昏の空に赤と黒が混じり溶けていく。
お客のいない遊園地。沈む夕日に照らされてメリーゴーランドの木馬が寂しげに佇んでいる。陽気に流れるBGMがなんとも虚しい。
「遊園地なんて最後に家族で行ったのは、いつだっけなあ」
すぐには思い出せない。そのくらい遠い昔のことなんだろう。
「主任、鎮火しました!」
「ああ。すぐ行く」
部下からの報告を受け、現場へと向かう。脳裏では先日受けた講習会を思い返しながら。
「バーンアップ症候群」
初めて聞く単語を発して、白衣の老人がマイク片手に語りだした。暗がりの中、スクリーンには実験室の映像が映し出されている。
「この病に罹っている人間は、断続的な緊張状態から解き放たれた直後、一定値以上の多幸感を脳が感知することで、ある物質を舌下腺から口内に分泌する。その物質は一種では罹患者の体温をわずかに上昇させる作用しかもたないのだが、別のバーンアップ症患者の分泌物と混同すると――」
スクリーン上に水が薄く張られた底の浅い容器が現れる。その中にスポイトで一滴、同じような透明の液体が垂らされた。瞬間、白い光が画面を満たし、プラスチック製の容器ごと全てを燃やし尽くしてしまった。
「――相乗効果によって発火現象を引き起こす」
要するに、興奮したやつらがキスをすれば燃え盛るってことか。
消防士である俺にしてみれば、なんともはた迷惑な話だ。
そんな風に解釈したことを、今では後悔している。
現場は観覧車だった。
環状に吊られた多数のゴンドラのうち一つだけ、塗装が溶けて内壁が焦げ付いていた。割れた窓から肉の焼ける異臭が漂ってきている。
溶接されたドアを工具で切断してゴンドラに踏み込む。
黒く焦げた死体が二つ、折り重なるように倒れている。火元となったバーンアップ症のカップルだろう。手と思しき部分には金属製のリングがはめられていた。
俺は合掌し、目を瞑る。
彼らは幸せだったから死んでしまった。
せめて幸せなままで、死ねたのだろうか。
――いや、気に病んでいても仕方がない。
残された俺たちは仕事をこなすだけだ。
目を開けた俺は放水で濡れた廃人たちの体を布で覆い、作業を始めた。
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