第2話『誰が為に筆を執る』
お題 『筆者』『完全趣味』『ノンフライポテト』
ジャンル 『恋愛』
「先輩の書く話ってなんかつまらないんですよね」
ホチキスで綴じられた原稿用紙の束を捲りながら呟くと、ぱしん、と乾いた音が部室に響いた。
「はあ? この崇高な文章のどこがつまらないってのよ!」
叩かれた頭頂部を抑えつつ顔を上げると、見るからに不機嫌そうな先輩と目があった。その手には丸めた文芸誌が握られている。
「いや、どこがっていうか、どこもが、ですね。終始単調な描写だけが続いていて、読んでて飽きます」
すぱん、と快音が聞こえた。ほぼ同時に、先程よりも強い衝撃が僕の脳天を襲う。
「そんなにバシバシ叩くことないじゃないですか」
「多少の暴力が人を成長させるのよ。叩き上げとか言うでしょ?」
「それ意味違いますから」
女子の中でも小柄な先輩であるが、さすがに椅子に座っている僕よりは目線が上だ。この人の場合、見上げていようと上から目線な物言いは変わらないけれど。今は文字通りの意味で、見下されている。
「なんていうか……これじゃあ作家の小説って言うよりは、筆者の意見って感じなんですよ。ただ見たことを書き起こしたってだけで、登場人物が何を考えたのか、感じたのかが、いまひとつ伝わってこないんです」
「そんなことないわ。よく読みなさい。たとえばこの部分は敢えて羅列っぽくしてるけど、よく読めば主人公の心情が表れてるでしょ。私の小説を読むんならもっと読解力が無いとダメよ」
「それは書き手のエゴでしょう」
「私は完璧主義だから、自分の作品に完璧を求めてるの! 当然、読み手もそうであるべきよ」
「完璧主義か知りませんが、この小説は完全趣味の領域です」
三度目は拳が飛んできたので、さすがに受け止めた。グーはダメでしょう、グーは。
「いくら叩かれても意見は曲げませんからね。小説賞をとりたいなら、もっと読者のことを考えて書かないとダメです。これじゃあ食卓に生のジャガイモ乗っけて『ノンフライポテトだからヘルシーでしょ? さあお食べ』って言ってるようなもんですよ」
「食べてあげるのが優しさでしょ?」
「食べれるように揚げるのが優しさです」
僕の反論に先輩は低く唸る。噛みつかれそうなので掴んでいた手を離し、席を立った。
「もう下校時刻ですし、そろそろ帰りましょうか。お家まで送りますよ」
「……いい。賞とるまでは恋愛しないって決めたもん」
一緒に帰るくらい、いいと思いますけど。なんともお堅いことで。
先輩と手を繋げるようになるのは、まだまだ先になりそうだ。
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