#26 - すごく、すっきりすること。

 また、すっきりする夢を見ることができた。


 どこか知らない駅に降りたわたしは、前の人に続いて歩いていた。

 するといつの間にか駅は見えなくなっていて、下を見ると細い道ともいえない、

 つま先ほどのはばしかないところを、前の人から順番に通らされるはめに。

 ふと、足元を見てみる。とても不安定で、足を滑らせるとたちまち、

 底の奥深くまで落ちてしまうような、そんな道を進むことになってしまった。


 気づくとわたしの前にいた女の子が、足を滑らせてしまう恐怖からか、

 その身体にまっていた水分を、あますことなくすべて排出しようとしていた。


 未咲「(あっ、これおしっこだ……よっぽど怖い思いしてるんだなぁ……)」


 わたしも例外ではなかったけど、ここが夢であることはわかっていたので、

 かりに落ちたとしても、なんとかなるかもしれないと考えることができた。


 未咲「(できればわたしに、そのおしっこで汚れちゃったパンツくれないかな)」


 そう願っていたら、これまたいつの間にかわたしの目の前に、

 その女の子が捨てていったであろうパンツを手にしていた。


 未咲「(やった……! すごい、女の子のにおいもちゃんとしてる!)」


 あたり前といっちゃえばそうなんだけど、わたしにとってはちょっとした感動。

 玲香ちゃんに話したら、またドン引きされちゃいそうだね。やめておこうっと。


 肝心かんじんのパンツは、いかにも女の子らしいピンクと白を基調としたがらだった。

 これならわたしが穿いても大丈夫だいじょうぶかもしれない。夢の中だけど。


 未咲「かわいい……」


 つい穿きたくなっちゃうけど、クロッチが誰かのおしっこで濡れちゃってるのに、

 そのまま穿いちゃったら、わたしの身体はどんな反応を見せるんだろう……。


 未咲「んんっ」


 自分でもびっくりするほどいやらしく、身体からだがぶるってねた。

 すると間もなく、思ってもみなかったことが起こった。


 未咲「えっ、うそ……!」


 わたしもまた、あの女の子みたいにじわわっとパンツにおしっこを出してしまう。

 自分でも意識していなかっただけに、やっちゃった後は恥ずかしさに悶絶もんぜつした。


 未咲「やだぁ、こんなはずじゃなかったのに……」


 せっかくお気に入りになろうとしていたパンツが、

 みずからの手によって――否、またによって台無しにしてしまった。

 その罪悪感といったらなかった。あの子の気持ちもわかるというものだ。


 未咲「もう、おもらしなんてりだよ……」


 もしこれが現実だとして、わたしは今後、おむつ着用を考えるだろうか。

 答えは、出さないでいよう。考えても仕方がない。しょせん夢だもん。


 未咲「明晰夢めいせきむってすごいけど、いざ見てみたらなんだこれって感じ……」


 自分の思ってることそのまんま夢として見ちゃうし、正直お得感はあまりない。

 夢はこれまでいろいろ見てきたけど、いつの間にかここまでひどくなっていた。


 未咲「それだけわたしの考えることって変わってるんだなぁ……なんか残念」


 うれしくない結末を受け入れられずに、いつもどおりの朝が来た。


 ♦


 未咲「ということがありました……」

 玲香「いい加減目覚めなさいよ……あんたはもっと正常な思考を保つべきね」

 未咲「つとめてはいるのですが……恥ずかしながらよけいひどくなりました」

 玲香「どうしたらいいのかしら……食べるものとか、いろいろ試してるの?」

 未咲「うん……」

 玲香「こうなったら結果が出るまであれこれやるしかないわね。

    なにかわたしに協力できることがあったら、いつでも話しかけてきて」

 未咲「へい……」


 元気のない返事になってしまう。それに対して、春泉はるみちゃんは絶好調らしい。


 春泉「グッモーニン! ハルミ、きょうはがんばれそう!」

 玲香「春泉らしい声が聞けて安心したわ。あんまり無理はしないように」

 春泉「うん! レイカもがんばって!」

 玲香「わたしはいつだって平気だから。ありがとう」


 小声で、しかしちゃんと聞こえるように感謝のことばを伝えた。


 未咲「くそぅ……もうおもらしなんてしないもん……」


 わたしはそうかたくちかった。


 ♦


 時はさかのぼって、ハルミが風邪かぜで寝こんでいたとき。


 春泉「こほ、こほ……うぅ、こうしてないとカラダが冷えそう……」


 いつになく寒気を感じて、ずっと布団にもぐっていた。

 できれば布団から出たくない。でも、そうはいかないことが起こる。


 春泉「トイレ、いかないと……」


 思えばどのくらいここで寝ていたんだろう。かれこれ十時間くらいかも。

 それだけ休んでいたら、当然のようにおしっこがしたくなってくる。


 春泉「……!」


 ぞくぞくぞくっ。

 その震えは突然すぎて、実感するのに少し時間がかかってしまった。

 カラダはすでに、準備がととのっていた。


 春泉「わわっ、これ間に合わな……」


 ぷしゅぃーっ……。

 あまりになさけない音とともに、おしっこが寝巻きをすり抜けていった。


 春泉「ここ、ベッドなのにっ……」


 トイレでするみたいに、カラダはいっさいの躊躇ちゅうちょもなく排泄にいそしむ。

 その判断がこのときは、ハルミにも納得がいくくらいしっくりきていた。

 何より、ずっとカラダにたたえられていたものが一気に出されることで、

 このうえない快感をともなって、ハルミにささやかな幸福をもたらしてくれた。


 春泉「でも、おしっこ、すごくきもちいい……」


 それはまるで、あの日学校でトイレにたどり着けなくて

 おもらししたときのようで、どこかなつかしささえ覚えてしまう。


 春泉「レイカには冷たい目で見られた気がするけど……やっぱり好き」


 ハルミはヘンタイかもしれない。

 妹のさくらにだって、こんなこと言えない。言えるはずない。

 ミサキに言ったら、どんな顔されるかな。レイカみたいに引かれるかな。

 ウミだったら、なんか笑って済ましてくれそう。言うわけではないけど。


 春泉「……もう終わっちゃった」


 どこか名残惜しいけど、ふいに訪れたおもらしタイムは終了。

 いつかまた……恥ずかしいけど、クセになっちゃうのはなんでだろう。

 さくらにバレないように、後片づけしなきゃ……。


 ♦


 どこまでガマンできる? ふと、ハルミは疑問を抱いた。

 じつはきのうから、トイレに行ってない。

 さくらだったら、いまごろガマンできなくなってると思う。


 春泉「(もじもじ……)」


 足が落ち着かなくなってきた。なるべくトイレには行かないつもり。

 もし限界が来たら? いや、いまはそんなこと考えないようにしよう。


 チャイムが鳴り、授業が始まる。


 先生「この文はすごく重要なので、ちゃんと覚えておきましょう」


 じょー……ぶん。


 未咲「超報社会における、個人報の取扱について……」


 じょー、じょー……。聞いていると、おしっこの音みたいな声がする。

 そのせいで、やたらと「じょう」の音にカラダが勝手に反応してしまう。

 おしっこの穴まで、出口がぷるぷるして一刻も早くラクになりたがってる。

 それでもハルミはガマンし続ける。これは自分との、あくなきたたかいだから。


 うみ「(なあ春泉のやつ、なんか落ち着きなくね?)」

 ロコ「(そう? わたしにはふつうに見えるんだけど……)」

 うみ「(気のせいかな……ま、いっか)」


 とくに気に留める様子はなく、ふたりは再び授業に集中し直した。

 その裏では、ハルミが一生懸命なにかをガンバっているとは知らないで。


 ♦


 先生「過な人口増加によってもたらされた影響は……」

 春泉「はぁ、はぁ……(あ、あと少しでっ……)」

 うみ「(ほら見ろよ、どう考えても様子がおかしいって!)」

 玲香「(たしかに変ね……保健室に連れて行ったほうがいいんじゃない?)」

 未咲「(わたし、声かけていいかな?)」


 口々にハルミのことを気にかけているみたいだけど、そんなのいらない。

 じつはもう、覚悟はできてる。ハルミ、絶対にここでおもらしする。


 未咲「(はるみちゃーん?)」

 春泉「(……んふふっ)」

 未咲「(??)」


 ジトッとした目をこちらに向けられてしまった。やっぱり様子がおかしい。

 だけど、どこか話すに話せないオーラがただよっている。


 未咲「(えっ、どういうこと……?)」

 うみ「(未咲、春泉の下半身をよく見てみろ。そういうことだよ)」

 未咲「(あっ、なるほど……でもなんかびみょうに笑ってた気が……)」

 うみ「(照れ笑いじゃね? おそらく限界の裏返しなんだろうよ)」

 未咲「(あー……すごいねうみちゃん、そこまでわかっちゃうなんて)」

 うみ「(見たまんまだろうが。にぶいのは未咲のほうだぞ)」

 未咲「(ごめん……)」


 でもそうだとしても、こんなところで笑ってる場合じゃないんだよね……。

 春泉ちゃんが何考えてるのかわからないけど、とにかく行ってもらわないと。

 ただ、どう話しかけていいかわからない。こんな春泉ちゃん見たことない。

 願わくは、早くチャイムが鳴ってくれることを。それがいちばんな気がした。


 ♦


 キーン、コーン……。

 と、チャイムが鳴った。よく頑張ったね、春泉ちゃん……。

 そう、思ったのに。


 未咲「授業終わったよ! 春泉ちゃん! 早く行っておいでよ!」

 春泉「……えへへっ」

 未咲「えっ……どうしたの、春泉ちゃん……?」


 春泉ちゃんはなぜかトイレには行かず、いとおしそうにおなかを撫でている。


 春泉「ハルミね、ここでおしっこする……」

 未咲「何言ってるの? だめだよ! ここはトイレじゃないよ!」

 春泉「わかってる……だから、これからここをトイレにするんだ……」

 未咲「まだ風邪なおってないの? 保健室いく? まずトイレだよね?」

 春泉「いいの……」

 未咲「へ……?」


 ひじょうに間の抜けた返事しかできなかった。

 どれだけ考えても、春泉ちゃんが何を考えているか、本当にわからない。


 未咲「も、もしよかったら、わたしがおしっこを……」

 玲香「未咲っ!」


 なんか知らないけど、玲香ちゃんの顔がすごく真っ赤になってる。

 さすがに教室でそれは……といったぐあいかな。


 未咲「でも、それ以外に方法がなさそうだし……」

 玲香「もっと頭を使いなさいよ……近くにバケツがないか、とか……」

 未咲「それだ!」

 玲香「はぁっ……」


 バケツなら、教室の後ろにある掃除そうじ用具入れの上に置いてたはず。

 わたしはすかさず、手をばしてそれを取ろうとした。


 未咲「と、とれないっ……」

 玲香「未咲が思いのほか低身長だったの忘れてた……退いて、わたしが取るわ」

 未咲「お願いします……」


 こんな緊急時に、たいして役に立たないわたしが不甲斐ふがいなく思えてくる。

 というか、低身長って何。いや、ことばの意味はもちろんわかるんだけど。


 玲香「ほい、取れたわよ」

 未咲「なんか玲香ちゃんらしくないことばづかいだね……よし、これで!」


 そう言った矢先。

 聞こえてはいけない水音が、春泉ちゃんの方向から聞こえてきてしまった。


 春泉「ふぁ……(ぶるぶる)」


 うつむきながらかすかに震えているのが、背中ごしに伝わってくる。

 そして視線を下に落としていくと、その音の正体がありありと見えていた。


 春泉「(もっと出したい……ミサキに対策されてしまう前に!)」


 ハルミはいま、確実にくるっている。

 こんなこと、ふつうに考えたらとてもできない。でも、する。

 だって、きもちいいから。


 春泉「(すごい……なんでもっと早くやらなかったんだろう……)」


 思いつかなかっただけではあるけど、ちょっぴり後悔してる。

 後片づけも大変なのに、ハルミったらダイタン……。


 春泉「(もうちょっと、あとちょっと……)」


 でも、そろそろミサキはこっちにやってくる。

 到着とうちゃくするより前に、残りは全部床に……。


 未咲「春泉ちゃん! いまバケツ置いたから、思う存分出していいよ!」

 春泉「えっ……」


 バケツが用意された、ということは、もうおもらしができないってこと。

 それはいままでとはワケが違って、正常にならないといけないってこと。

 そんなの、いや!


 春泉「……いらない」

 未咲「えっ、なんで……?」


 理由は答えてくれず、春泉ちゃんはいきおいにまかせてバケツを蹴飛けとばした。

 当然そうなると、おしっこはこれまでどおり床に垂れ流し状態になる。

 意味がわからなかった。

 春泉ちゃんは何が気に食わなくて、バケツを蹴飛ばしたんだろう。

 わたしにお世話されるのがいやだった? じゃなきゃ何?

 ぐるぐると思考が頭をめぐって、わたしまでおかしくなりそうだった。

 ころころ変わる春泉ちゃんの情緒に、わたしはただ振り回され続けた。


 未咲「春泉ちゃん……」


 ピリッとした空気が、どこかしらから漂っている感じがする。

 そんな春泉ちゃんを見ていると、わたしまでなんだかもよおしてきた。

 思わずもじっと身体をくねらせる。それを春泉ちゃんは見逃さなかった。


 春泉「ミサキ、もしかしておしっこガマンしてるの?」

 未咲「っ!」

 春泉「いいよ、ここでしちゃえば」

 未咲「な、何を言ってるの……? わたしはおしっこなんて……」

 春泉「それ、嘘。カラダは正直だった」

 未咲「……」


 わたしはつい、きゅっとくちびるを結んだ。

 みんながいるところで尿意をバラされて、じっとしていられるわけがない。

 わたしの身体は無意識に、その尿意をこらえようとして必死に動いていた。


 春泉「想像してみて。ミサキのおしっこの穴が、だんだん力きるところ」

 未咲「や、やめてよ春泉ちゃん……わたし、まだまだ全然平気だから!」

 春泉「ハルミには、そうは見えない。ミサキ、かなり震えてる」

 未咲「そ、そんなことないっ……」


 まるで公開処刑のようだった。

 我慢していたときの春泉ちゃんの目。それがいま、わたしに向けられてる。

 どこか嗜虐的しぎゃくてきだった。同時に、いとおしそうでもあった。

 春泉ちゃんに捕まってしまい、わたしはどうにかなってしまいそうだった。


 未咲「こんなの、いますぐやめようよ……

    わたしのおもらしなんか見たって、誰も得しないでしょ……?」

 春泉「いい? ハルミは教えたい――

    誰かに見られながらおもらしすることの、本当のきもちよさを」

 未咲「本当の、きもちよさって……?」

 春泉「これからわかる。楽しみにしてて」


 そう言いながら、春泉ちゃんはしずかに目を閉じた。

 そして制服のすそをめくり、おもらししたところをつぶさに見せてくれた。


 春泉「見て。これからハルミはまた、ここでおもらしする。

    そのあとどうなるか、よーく見てて……」

 未咲「宣言までしておもらしするなんて、どうかしてるよ……」

 春泉「いいから……」


 うすら笑いの裏に、冷たい感情が見え隠れしているような気がした。

 それはあたたかさとは無縁のようでいて、きっとつながっていた。


 春泉「出る……っ! ミサキ、こっち来てよく見て!」

 未咲「えぇ……」


 しぶしぶだけど、わたしは春泉ちゃんのおもらしを見届けることにした。

 ほんとにどうしちゃったんだろう。いつもはふつうに過ごしてるのに。


 春泉「ほら、出てる……これが、おもらし……」

 未咲「わかってるってば……」


 うーん……どうとらえていいのか、さっぱりだ。

 なんでわたしは、春泉ちゃんの出てるところを間近で見ないといけないの?

 答えは出ない。たぶんこの後わたしがおもらししても、出ないと思う。


 未咲「あの……わたしもそろそろ……」

 春泉「ミサキ、トイレに行ってきていいよ」

 未咲「……はい?」


 ここにきて、まさかのトイレ許可。なんで?


 未咲「なんで?」

 春泉「だって、ミサキに恥はかかせられない……」

 未咲「わたしだってやだよ……みんなのいる前でおしっことか……」

 玲香「(これまでさんざんしてきたような……)」

 未咲「おや? なんかかすかに聞こえてきたような……」

 春泉「ミサキはわたしのおしっこを見た。それだけで十分」

 未咲「なんかよくわかんないけど、わたし、もらさなくて済んじゃった?」

 玲香「いいんじゃない? 誰も未咲のおもらしなんて見たくないでしょ」

 うみ「そうだな」

 未咲「えっと……これ、喜んでいいの? はたまた悲しむべきなの?」

 玲香「逆にきたいんだけど、未咲はしたかったの? とんだ変態ね……」

 未咲「変態じゃないよ! ま、別にしてもいいかなーとは思ったけど……」

 玲香「うわっ、ひくわー、未咲さんひくわー……」

 未咲「引くなっ! だったら春泉ちゃんはどうなるの? おかしくない?」

 玲香「別におかしくなんかないわ。彼女は一時の気の迷いね、きっと」

 未咲「えー何この不平等っぷり……わたしの立場ないじゃん……」

 玲香「未咲、あんたじっくり見たんでしょ? 掃除しなくていいの?」

 未咲「えっ、それ後始末と関係あるの? まあ、もちろんやるけど……」

 玲香「ついでに犬みたいにそこでやっちゃいなさい、すっきりするわよ」

 未咲「はっ、そういえば忘れてた! 早く行かないともれる~!」

 玲香「相変わらずのポンコツぶりね……(誰かと友達替えてみたい……)」


 用を済ませて帰ってきたら、すでに教室はきれいになっていた。

 なんだ、玲香ちゃんがちゃんとやってくれたんだね。よかった。


 春泉「じ、自分で片付けるっ……」


 なんだか、急に恥ずかしくなってきた。

 だから、掃除はハルミひとりで全部済ませてしまった。


                             #26、寒

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