#19 - それは、あるいは冬のはじまり?

 ――


 凍えそうな吹雪の中を、わたしは歩いていた。

 あたりを見回しても何も見えない。さながら白い宇宙のようだった。

 季節は冬、なのかもしれないし、実は四季なんてはじめから存在しなかったような気さえしてくる。


 いったいどこまでいけば、元いたところに戻れるのだろう。気が遠くなりそうな道のりを、ただひたすら歩く。

 足元が雪でよごれてしまっても、それを気にしている暇はまったくといってもいいほどなさそうだった。


 「ここには……わたし以外に人……いないのかな……」


 いるわけないとは思いながらも、内心そう思わないと耐えられないほどの寒さにくじけそうになってしまうから、無理にでもことばにしてみる。


 「ねえ! 誰か助けてよー!」


 返事は……残念ながら聞けそうにない。それもしかたない。なにせいつからはじまっているかわからない冬だから。仮に誰かがここで倒れたとして、救いの手を差し伸べる者など現れるのだろうか。冬の季節の恐ろしいところは、このように想像を絶する雪が、まるで無実の人に襲いかかってくることだったりする。


 「わたし……これからどうしたらいいのかな……」


 ここで凍え死ぬ? そんな虚しい終わり方を、誰が望むだろうか。少なくとも、わたしは嫌だ。どうせ死ぬのならば、かつてわたしと仲良くしてくれた友人の声だとか、わたしをここまで大切に育ててくれた両親たちに感謝してから死ぬべきだと思っている。そんな、言ってしまえば当たり前のことさえできない死に際の、なんと悲しいことか。わたしは前を向いて、歩くことを決めた。


 「はぁ、はぁ……もう、ほんとうに疲れたんだけど……」


 泣きそうな声で独りごちてみても、やはりわたしの前には人などおらず、ただ真っ白い景色だけが、わたしを待ち構えているだけ。

 ダメだ……わたし、もう挫けてしまいそう。


 「どうか神様……わたしをひとりにしないで……ください……」


 強烈な眠気に襲われそうになり、わたしははっとした。ダメだ……挫けてなんていられない。かれこれ歩数すら忘れてしまうほどの移動を、この危機から脱出するためにしてきたのに、それらすべて台無しにしてしまうような愚行を、この場所に漂っている空気に負けて、そして自ら終えようとしている。そんなの、ダメに決まってる!


 「歩かないと……たとえたどり着く保証がないとしても……」


 ふと、これまでのことを頭が勝手に思い出そうとしていた。ことのはじまりは、地球全体をおおう大寒波だった。原因不明のそれは、寒さに慣れていない人類を滅ぼすのに十分すぎた。生き残ったのはわたしを含め、たった数人とみられている。そのほとんどは、どうやら日本人らしい。ここは、もちろん日本だ。とてもそうは見えないほど、銀世界を通り越して純白世界だけど。


 「適度に雪が降っていたら、さぞかしきれいなんだろうなぁ……」


 そう、それはまるでわたしの幼馴染のようにクールで、清冽な絶景。他の追随を許さない、かけがえのない場所になっていたに違いない。そういえばわたしは、彼女をひと目見たときに、とてもことばにはできない感情をいだいていた。いまにして表現してみるならばたったひとりの神様に愛された存在、なおかつクールビューティー。


 「玲香ちゃん……玲香ちゃんはいま、何をしていますか……?」


 思い出すと顔から火が出ちゃうけど、あのときわたしは玲香ちゃんと未熟ながらもあまいくちづけをかわした。それだけで十分だったのに、わたしはあろうことか玲香ちゃんの身体を欲しがってしまった。けっして間違いだとは思わなかった。そうすることによって玲香ちゃんが、わたしのこの言い表しようのないほどはみ出た気持ちを感じ取ってくれると信じていたから。だけど、いかんせん唐突だったので、当然のように当時の玲香ちゃんにとっては刺激が強く、軽い拒否反応を示していた。


 「あのときはごめんね……でも、やっぱりいまでもわたしは玲香ちゃんがすき……」


 ついでることばに、偽りはひとつもない。むしろ否定するところが見当たらない。それくらいに、わたしは玲香ちゃんのことを思ってきたつもり。たまに嫌いになりそうになっても、そのときは昔のことを思い出して、なんとかごまかしてきたつもり。それは『嫌い』というよりも、どちらかというと『あれだけ好きだった玲香ちゃんを嫌ってみたかった』っていう、なんというか、ちょっとしたいたずら心みたいなもので、けっしてほんとうに嫌いになりたかったわけではない。『やっぱり玲香ちゃんなしだと、どこか物足りない』というのがほんとうのところだった。


 「もし生きていたら、いますぐにでも探しに行って会いたいな……」


 言い方が変(ほんとうはそのとおり)だけど、いちゃいちゃしていたあのころみたいに、また玲香ちゃんと仲良く過ごしたい……。この真っ白な世界のどこかに思いを馳せていると、黄色いライトが光っているのが見えた。


「おや……?」


 誰かがわたしを探しに来た、のかな……。その場で待っていると、光がだんだんとこちらに近づいてくる。そろそろ顔が見えてきそう。


 「あれは、未咲……?」

 「あっ、もしかしてあの影……玲香ちゃん、かな?」


 確信はもてないものの、ほとんど確かに二人はお互いの姿を認識していた。そして、その認識は正しかった。お互いの声が聞こえる距離に、二人がいたからだ。


 「よかった……生きてたんだ……」

 「うんっ、えへへ……」


 安心したような顔を浮かべて、玲香ちゃんはわたしにコートを着させてくれた。


 「ほら、これであったかくしなさい」

 「ありがとう、玲香ちゃん……」


 とりあえず、玲香ちゃんが助けに来てくれてよかった。もし誰も助けに来てくれなかったら、あのままわたしは凍え死んでいたかもしれない。


 ――


 未咲「っていう夢を見たんだー」

 玲香「えっ、それだけ?」

 未咲「うんっ、それだけ!」

 玲香「そ、それはよかったわね……」

 未咲「うん、ありがとー玲香ちゃん! これからもよろしくね♡」


                             <第19話、終!>

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