#17 - 冬のなりたち、そしてこれから。 - Winter and...? -

 春泉「ねえ洋子ようこセンセー、学生のころのあだ名ってなんだったの?」


 授業後のホームルームの時間、わたしは担任の大西おおにし先生に質問してみた。


 洋子「えっ、あだ名ですか? そうですね……

    このクラスでは言いづらいんですけど、じつは"ろこ"だったんです。

    みんな"ひろこ"って読むので、そこから転じてこのあだ名に……。

    ひどいと思いません? 自分の名前を間違まちがわれ続けてしまうなんて……」

 うみ「ほんとだよな! あたしだったら絶対に速攻でぶんなぐってるわ……」

 ロコ「あはは……ほんとうは、先生のお名前って"ようこ"ですもんね……。

    漢字の読み間違え、からだったんですね……」

 洋子「はい、そうなんです……『違うよ!』って言ってもだれも聞かなくて……」

 ロコ「でも、いまとなってはわたしとおそろいですねっ」

 洋子「そうなりますね。なんだかんだでいい結果になっている、のでしょうか?」

 ロコ「ではでは、これから先生のこと、"ろこ先生"ってんでもいいですか?」

 洋子「かまいませんけど、稲橋いなはしさんの下のお名前とかぶっちゃいますよ?」

 ロコ「それは気にしないでください! れるようにつとめますのでっ」

 未咲「学生のころの先生かぁ……さぞかしおさかんだったんでしょうなぁ……」

 玲香「どうしてそう思うのよ、未咲みさき?」

 未咲「だって、いまの先生の体型からしてそうとしか思えないじゃん!」

 洋子「えぇっ?! 先生、そんなに目にあまる体型してますか……?!」

 未咲「ああっ、あの、そういう意味じゃなくてですね……」

 玲香「語弊ごへいのないように言いなさいよ、先生がこまってるでしょ」

 未咲「非常にお美しい体型をされていると思います、はい!」

 洋子「そ、そう? だったらいいんだけど……」


 他愛たわいのないおしゃべりが止まらない。

 こんなことができるのは、ろこ先生の人柄ひとがらのおかげかもしれない。


 春泉「それとセンセー、もうひとつきたいことがあるんだけど……」

 洋子「なんでしょう?」

 春泉「この寒さなんだけど、いったいいつからはじまったの?

    センセーが小さいころは、まだ四季があったんだよね?」

 洋子「当時、まだおさなかったのではっきりとは覚えてないのですが、

    わたしが七才くらいのころ、この世界は歴史的寒波に見舞みまわれました。

    氷河期の再来だ、と権威けんいある人たちがさわてていたと聞きます。

    思えばあのときが、たしかに冬の世界のはじまりでしたね。

    次に春がおとずれるのは、いつのことでしょう……わたしにはわかりません」

 うみ「春になったらさ、桜っていう木にピンク色の花がいてたんだろ?

    うちのじいちゃんがデジタル写真で見せてくれたんだけど、

    そいつがすっげーきれいで、あたしは思わず見とれちまったよ」

 未咲「わたしも写真でしか見たことないなぁ……いつか本物に出会いたいよ……」

 ロコ「夏がきたらさおな海、だったみたいだよね~。

    海なんて、とてもじゃないけど寒すぎて泳げないよ~……」

 未咲「ぶっちゃけ自殺行為じさつこういだよね……わたしたちは温水プールでじゅうぶん!」

 玲香「秋は紅葉こうようね。いつか読んだ小説に、そう書いてあったのを覚えてる。

    とくに神社のそれは、一見の価値があるほど目をうばわれるとか」

 未咲「そもそも葉っぱが赤くなる木じたい少ないし、ほとんど空想かな……」


 みんなそれぞれ、思い思いの冬以外の四季のイメージをかべて話す。

 それを聞いているわたしは、ただそれに反応はんのうするばかり。


 洋子「たとえこのような冬の世界にいても、雪遊びとかはできますし、

    おうちでゆったりだんをとるなんてのも、いいことはいいんですけどね」

 春泉「ハルミ、正直に言うとこの世界、きちゃったかも……」

 うみ「むかしはよくやってたんだけどな、雪遊び。

    いつの間にか外出するのも億劫おっくうになってきちまった……」

 ロコ「は~るよこい、は~やくこい……」

 玲香「なげいてもしかたないでしょ。わたしたちはこの世界で生きるんだから」

 未咲「そうだよね……きっとこうしている間にもお天道様てんとさま

    わたしたちのことを見てくれているし、しょげた顔はできないよ!」

 玲香「無理にがんばろうとかはしなくてもいいと思うけど、

    せめて滅入めいらないくらいの元気は出していきましょ、それこそが大事」

 未咲「うん、そうだね!」


 そうこうしている間に、下校時間が近づいてきた。

 ちなみにチャイムはときどき鳴らないことがある。理由はさだかではない。

 これも寒さが影響えいきょうしているのかもしれないし、違う原因があるかもしれない。


 洋子「では各自掃除そうじをして、きょうは終わりです。

    本日の日直、草津くさつ春泉はるみさん、号令をお願いします」

 春泉「きりつ!」


 きょうもきょうとて、長かった一日が終わろうとしている。

 なにも変わらない毎日。これといって不自由はない。

 でも、なにかが足りない。

 ほんとうに終わろうとしているのは、この世界だったりしないだろうか。

 先のことは、誰にもわからない。

 もしかすると、はるかかなたにいる知的な宇宙人うちゅうじんが教えてくれたりして。


 ♦


 学校の駐輪場ちゅうりんじょうめてあった自転車に乗って、帰宅のにつく。

 わたしはなにとなしに、冷たい色をしている空を見上げてみた。


 未咲「あっ……」


 するとそこには、ふだん見ることのない光があった。


 未咲「あれって、もしかして……」


 オカルト本でしか見たことのない物体が、すぐ目の前に存在していた。


 未咲「なんとなくUFOっぽいけど、まさかそんなことないよね……」


 じつはわたし、ほかの人には見えない妖精ようせいなんかも見えたりする。

 この間も「きい」と名乗る水辺みずべの妖精を帰宅途中に見かけたりした。

 今回もまた、そんなたぐいのものが見えてしまった。

 うーん、これはちょっとつかれてるのかも……。


 未咲「……見なかったことにしよう」


 わたしは自分のなかでごまかして、またゆっくりとペダルをぎはじめた。


 ♦


 玲香「あっ……」


 いつもの電車に乗って空を見上げていると、ぼんやりと光るなにかを見た。


 玲香「あれは、何……?」


 まわりに聞こえないくらいの声で、そうつぶやく。

 見えてはいけないものが見えたような気がして、わたしはすぐ目をそらした。


 玲香「きっと、気のせいよね」


 連日の寒さで、気が滅入っているのかもしれない……。

 わたしは見なかったことにして、自宅の最寄り駅で電車をりた。


 ♦


 春泉「はぁ、はぁ……早く帰って、さくらの世話をしないと……」


 さくらとは、まだおさないわたしの大切な妹の名前。

 いつもひとりで、姉であるわたしの帰りをおとなしく待っている。


 春泉「たまにはゆっくり空でも見たいけど……そんな時間、ないよね……」


 とにかく多忙たぼうで努力家な母親のかわりをつとめなきゃ。

 わたしは母親の背中を見て育ったから、しっかりしないといけない。


 春泉「学校でもうっすらメイクして、みんなにおとらないように……」


 そんなことまでして、わたしはこれまで自分を通してきた。

 この努力がむくわれるかどうか、いつか誰か教えてくれたらうれしいな。


 ♦


 うみ「あー、やっぱりきょうもひまだなぁ……」

 ロコ「ほんとうにたいくつそうだね、うみちゃん……」


 ふたりして、あたしたちは徒歩で帰っていた。


 うみ「なんかこう、空からお金がふわ~っとってきたりとかしねーかな……」

 ロコ「そんなこと、絶対にないと思うよ……」

 うみ「雪とかはもう見飽きたんだよなぁ……だから、そう思ったんだよ」

 ロコ「気持ちは、わからなくはないけど……」

 うみ「せめて、もっとなんか神々こうごうしい現象とか起こって……」

 ロコ「あっ、見て! うみちゃん、あそこ!」

 うみ「まぁ、そんなことあるわけないよな……ってうえぇっ?!」


 わたしたちの頭上に、見たことない色をした光がちらついていた。


 うみ「なんだありゃ?! 隕石いんせきとかだったら冗談じょうだんぬきでやばいぞ!」

 ロコ「さすがに違うと思うな……あれはきっとUFOだよ」

 うみ「どっちにしてもすげぇ! 写真とっとこ!」

 ロコ「うみちゃん、はしゃぎすぎ……」


 はじめてではないはずだけど、マンネリな日常においてははじめてのようなもの。

 この記念写真は、孫の代まで伝えるつもりでとっておくことにしよう。

 もしこの世界が変わらず続いていたら、の話ではあるけど。

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