#15 - 鍋パーティーしましょ

 ある日の放課後、わたしは未咲みさき春泉はるみに声をかけた。


 玲香「きょう、うちの両親が外出するんだけど、家に来る?」

 春泉「えっ、いいの?! レイカの家、見てみたい!」

 未咲「わたしも! ひさしくおじゃましてないから行きたいな~」


 急なさそいにもかかわらず、ふたりはふたつ返事をしてくれた。


 玲香「この寒さだし、夜はなべにしようかなって考えてるんだけど、どう?」

 春泉「賛成! レイカのつくった鍋、食べてみたい!」

 未咲「わたしも! 玲香ちゃんちで三人だけの鍋つつき大会したい!」

 玲香「何よ、鍋つつき大会って……ふつうに『鍋パーティー』でいいでしょ。

    あと、三人っていうと、ちょっとさみしくなるからやめて」

 未咲「ごめん、ついがっちゃって……」

 春泉「そういえば、ウミとロコは誘えなかったの?」

 玲香「用事があるからパス、だって。いいんじゃない? 馴染なじみの三人だけで」

 未咲「あーっ、玲香ちゃんも三人って言った! 人のこと言えないよー?」

 玲香「さ、さっさと行きましょ」

 春泉「(しれっとごまかそうとしてる……)」

 玲香「材料を買ってくるから、ふたりは先に家にあがってて」

 未咲「わたし、おかあさんに夜ご飯いらないって言っとく!」


 そう言って、玲香ちゃんはわたしたちに家のかぎわたしてくれた。

 なにげない感じで渡してくれたけど、それだけ信頼しんらいされてるってことなのかも。


 ♦


 夜になった。

 しばらくふたりだけで部屋のなかにいたら、玲香ちゃんが入ってきた。


 玲香「おまたせ。鍋の具材になるものをいろいろ買ってきたわ」

 未咲「よっ、待ってました! で、どんなの買ってきたの?」

 玲香「そうね……だいたい、ねぎ、白菜、豆腐とうふ椎茸しいたけ鶏団子とりだんごとかかしら」

 未咲「えっ……もつは? もつはないんですか?」


 愕然がくぜんとしてしまい、つい敬語に。


 玲香「いや、ふつうの鍋で十分美味おいしいし、買おうとも思わなかったんだけど」

 未咲「そ、そんなぁ~……」


 がくっという音が聞こえるほどに落胆らくたんしてしまうわたしだった。


 春泉「ところでレイカ、音楽やってるの? いろいろ楽器が置いてあるけど……」

 玲香「あぁ、それね……全部もともとわたしのおとうさんのものよ」

 春泉「そうなんだ。けるの?」

 玲香「まぁ、少しくらいなら……」

 春泉「ちょっと、やってみて!」

 玲香「えぇー……じゃ、ちょっとだけね」


 そこにあったクラシックギターを手にとって、なにとなしにGコードを弾く。


 春泉「わお、ホントに弾けてる!」

 玲香「そんな、この楽器はかじってる程度だから……」

 春泉「きれいな音だったから、自信を持って!」

 玲香「ものがいいだけよ、けっこうな値段したって言ってたし……」

 未咲「いつか玲香ちゃんが大人になって、ストリートミュージシャンになってたら

    わたしはどこまでも追っかけるよ! 覚悟かくごしてね!」

 玲香「そこは応援おうえんしなさいよ……なんでちょっと脅迫きょうはくめいてるの?」

 未咲「そういえば玲香ちゃん、わたし大変なことに気づいたんだけど」

 玲香「?」

 未咲「玲香ちゃんのイニシャル、名前と苗字みょうじで R&B だよね。これって偶然ぐうぜん?」

 玲香「……必然だったらおもしろい?」

 未咲「うーん、正直どっちでもいい、かなー?」

 玲香「何よ、それ……」


 小ばかにされたような気分を、少しだけ覚えたような気がした。

 さすがに張本人のわたしだって気づいてることだっただけに。


 ♦


 そんなこんなで、未咲いわく鍋つつき大会(※鍋パーティーのこと)、スタート。


 玲香「未咲、アクをとってくれないかしら? そこにアク取りがあるから」

 未咲「りょーかいですっ」

 春泉「ミサキー、そこにあるとってー」

 未咲「はい、ただいま!」


 開始からたったわずか。

 わたしは知らず知らずのうちに鍋奉行ぶぎょうさせられてしまっている。


 未咲「ちょっとー、わたしにも鍋つつかせてよー!」


 識閾下しきいきかで貧乏くじでも引かされているのかもとか思ったり思わなかったりした。


 ♦


 春泉「いたいけな仔猫こねこちゃん、口を開けてごらん……」


 創作かなんかの影響を受けたかのようなせりふを、春泉ちゃんがつく。


 未咲「もごもご……そ、そんなに口にはいんないよぉ……」

 玲香「(さっきから、ふたりして何してんのよ……)」

 春泉「今夜は(これを全部食べ終わるまで)寝かさないからな……」

 未咲「あまーい! じゃなかった、うまーい! ……けほっ、けほっ!」

 玲香「……どっちでもいいから、まじめに食べなさい」


 あきれ果てて、いきさえもつけなかった。


 ♦


 いろいろあったけど、わたしたち三人は無事(?)鍋を平らげた。


 春泉「ふー、もうおなかいっぱい……」

 未咲「はじめはどうなるかと思ったけど、たしかに美味しかったねぇ……」

 玲香「使った食器類は各自台所に置いておいて、洗っておくから」

 春泉「うん、わかった!」


 それぞれ片付けし終わって、ひと息つく。


 未咲「ではでは、ここでひとつ玲香ちゃんとの思い出話でも……」

 春泉「ふたりは幼馴染おさななじみなんだよね?」

 未咲「そうだよ~、幼稚園ようちえんのころからいっしょなんだ~」

 玲香「ヘンなエピソードはなしでお願いね、空気がよどむから」

 未咲「わかってるよー、悪いようにはしないって」

 玲香「気にしちゃ負けかもしれないけど、微妙に言い回しがおかしいわね……」

 春泉「で、で、ふたりはどんな関係だったの?」

 玲香「関係、って……べつに、ただの幼馴染だっただけよ。そうでしょ未咲?」

 未咲「ふっふっふ……玲香ちゃん、お忘れじゃないかい? を……」

 玲香「……? さぁ、さっぱり記憶にないわ」

 春泉「なにそれ気になる! 話して!」

 未咲「いいよー。でもその前に、ここでの再現をしてみましょう!」

 玲香「(なんか、なんとなくいやな予感がする……)」

 未咲「お相手はもちろん、玲香ちゃん、あなたです!」

 玲香「(やっぱり……)」


 あまりうれしくない的中をしてしまって、いまいち気分が乗らない。


 未咲「それでは玲香ちゃん、こちらで仰向あおむけになってください!」


 どこかほこらしげに、そううながす未咲。


 玲香「はぁ……」


 やらなきゃしょうがない雰囲気ふんいきを感じ取り、しかたなくしたがうわたし。


 玲香「はい、これでいい?」

 未咲「うん、ばっちりだね!」


 みょうに未咲の鼻息があらい。そして顔が近い。

 間違まちがいない。これはきっとなにかをうばわれてしまう行為。


 未咲「じゃ、いくね……」


 脈絡みゃくらくは、ほぼないと言ってもいい。

 でもそれは、どこかなつかしささえ呼び起こすような刺激的しげきてきな行為だった。


 ♦


 (第2話のつづき)


 最近になって、ようやく昔のできごとを思い出すことができるようになった。

 玲香ちゃんの手のつめたさを知ったあの日。

 わたしは同時に、玲香ちゃんのあたたかさをも知るはめになる。


 寒空さむぞらの下、怪我けがをした足で歩くのはつらかった。

 そして、その瞬間しゅんかんはやってきた。


 みさき「れいかちゃ~ん、もうあるくのつかれた~……」

 れいか「なにいってるの、あとすこしだからがんばって」

 みさき「そんなこといわれても……もうだめ……」

 れいか「ちょっ、しっかりしてよ! たおれるから~!」


 どさっ。

 まるで雪崩なだれみたいに、わたしは玲香ちゃんにもたれかかった。

 そのとき、わたしはふと玲香ちゃんと目をあわせてしまう。


 みさき「……!」

 れいか「ふぇっ……?」


 玲香ちゃんの気のけた声を、ここではじめて聞いたような気がする。

 その様子が、たぶんどこの誰よりもいとおしかったんだと思う。

 気づけばわたしは、おもむろに玲香ちゃんにおおいかぶさる形をとっていた。


 みさき「ねぇ、あなたはしたことある?」

 れいか「な、なっ……」


 キス、なんてことば、きっとこれまでは知らなかったはず。

 ようするに、まだ一片のくもりもないピュアな天使こどもだったんだ。

 このあと、その大切なからだがいともたやすくけがされることなんて知らずに。


 玲香ちゃんは少しふるえている。

 泣きべそのように見えて、じつは心のなかでは期待しているような表情をして。

 そんな顔を見たのは、生まれてはじめてのできごとだった。


 みさき「いい? じっとしててね……」

 れいか「~~~っ?!」


 動けないようにされて、頭のなかは簡単にこんらん状態になってしまう。


 れいか「ほ、ほんとにするの……?」

 みさき「いまさらひきかえせないよ……だからおねがい、じっとしてて……」

 れいか「……わかった、いいよ」


 半分流されるような感じで、受け入れることを決めた。


 れいか「はやくしてよ。キス、したいんでしょ?」

 みさき「う、うん! じゃ、いくよ……」


 キスということばを知ったのは、このときがはじめてだった。

 じゃっかんこわばりながら、そのときを待つ。


 みさき「ちゅっ」

 れいか「っ……!」


 こんらんの先にあったもの、それはこころとからだのつながりだった。

 ほかのところを確かめ合わなくても、おたがいのすべては把握はあくできた。


 ことばにする前のどこか不思議な感覚は、ふたりの間にだけかよっていて。

 なんというか、すごくふわふわしていた。


 みさき「どうだった?」

 れいか「ちょっとあったかい、かも」

 みさき「それっていいの? わるいの?」

 れいか「……どっちも」

 みさき「なにそれ、おっかしー」

 れいか「そうとしか、いいようがないの! もう、わけわかんない……」

 みさき「そっかそっか、きゅうにちゅーしちゃってごめんね」

 れいか「べつにいやだったわけじゃないけど……なんかへんなの……」

 みさき「えへへ……わたしたち、もしかしたらけっこん、できるかもね」

 れいか「じょうだんはやめてよ……あたまがおかしくなっちゃう……」

 みさき「おかしくなっていいんだよ、わたしがちゃーんとうけとめるから!」

 れいか「む~~~っ……」


 助けてもらったのもつかの間、一瞬いっしゅんにして立場が逆転してしまった。

 そのあとはしっかり手当てをして、ことなきを得た。


 ♦


 思い出がふいにフラッシュバックして、どことなくなごやかな空気になった。


 玲香「いま思い返してみると、なんか一方的にやられてたような……」

 未咲「うんうん、これもまた大切な思い出だね!」

 玲香「あんたは都合つごうよくとらえすぎ。わたしのことをもっと考えてよ」

 未咲「ん? 何? それってつまりそういうこと?」

 玲香「(どういうことかをくのは野暮やぼったいから、やめておこう……)」


 ねじれた関係かもしれないけど、たしかには革新的(?)だった。


 春泉「ふたりはそういう関係だったんだ! 聞けてよかった!」

 玲香「はたしてこの関係がいいかどうかはわからないけど……」

 未咲「あくまでも健全なおつきあいですっ(堂々と)」

 玲香「(前回のことを、おおやけに水にでも流すつもりね……)」

 未咲「愛してるよー、玲香ちゃん!」

 玲香「はいはい、ひとしきり満足したら帰りなさいよ」

 未咲「はーい!」


 これでも長いつきあい。たがいに多少のことは受け流せている、つもり。

 思い出話に花が咲いたところで、鍋パーティーは無事終わりを告げた。

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