#11 - 甘い匂いに誘われて…… - Sweet Strawberry Bread - 1

 大西「では、チャイムのあとに授業が始まりますので準備してください」


 そう言って、大西先生は教室をあとにした。


 うみ「いやー、きょうも寒いねー」

 ロコ「ほんとにね~、この教室のストーブも全然仕事してくれないよね~……」

 未咲「ねー、じつはわたし、さっき……」


 言いかけると、とっさに春泉はるみちゃんがわたしの口をふさいだ。


 未咲「むぐっ?!」

 春泉「ミサキ、それ以上はダメ!」

 二人「「??」」


 いくらクラスメートでも、これは内緒にしておくべきことだと思った。

 ていうか、いま気づいたけど足もとがすーすーして落ち着かない……。


 春泉「ほ、ほら、もうすぐ先生くるから、ね?」


 うみロコのふたりはひとまず納得なっとくしてくれたみたいで、ほっとした。

 さて、わたしも準備しなくちゃ。


 ♦


 一時間目、英語。


 英担「Good morning, guys(おはよう、みんな)」


 英語担任のマシュー先生が教室に入ってきた。

 この先生、どうやら日本の漢字がたいそう好きらしい。

 自分の名前を漢字にしてくれと生徒にたのんだところ、だれかが摩周マシューの字をあてた。

 同じ発音をしているみずうみの名前から持ってきたようだ。

 これを気に入った先生は以来、名札のうらにその漢字を書いて大切にしている。


 摩周「So, I'm gonna teach you English today(では、授業を始めよう)」


 ♦


 摩周「(みんな、ノートにちゃんとぼくの書いたことうつしてる?)」


 英語の先生ではあるけれど、日本式の授業をするマシュー先生。

 具体的にいうと、板書がおもだということだ。


 授業が始まって数分後。


 未咲「ん……(ぎゅっ)」

 摩周「(おや、ミサキ? さっきから手が止まって……)」

 未咲「あっ……えっと、そ、ソーリー……」

 摩周「(大丈夫かい? もし調子が悪いなら言ってくれよ)」

 未咲「あはは……イエス、アイム オーケー!」


 ほんとはそんなことなかった。

 朝のあれがあったせいで足もとが冷えて、またしたくなってきていた。


 未咲「(もうちょっとだけ、がんばってみよう……)」


 ♦


 とは思ったものの、すでに限界がおとずれようとしていた。

 これにはさすがにマシュー先生も見かねたらしく。


 摩周「(ミサキ、かまわないから行ってきていいよ)」

 未咲「は、はい……行ってきます」


 すべてをさとられてずかしい中、わたしはそこに向かうことにした。

 さて、どうなるわたし。


 ♦


 うように廊下ろうかを歩いていたら、どこからかいいにおいがした。

 いまだけ、わたしは犬みたいに鼻をひくつかせた。


 未咲「くんくん……なんだろう、このにおい……」


 どこかでいだことのある、ごくごくありふれた匂い。

 そう、これはあの甘酸あまずっぱい果物くだもの――


 未咲「いちご……?」


 確証はないけど、なんとなくそんな感じがした。

 そして、その匂いは歩いているうちに強くなっていく。


 未咲「なんか、食べ物がこの先のどこかに落ちてる、とか……?」


 そう思うと、あそこに向かうまでが楽しみになってきた。

 ふと、足もとを見る。


 未咲「おぉっ?! これは……!」


 なんと、いちごパンがそこにあった。

 わたしは我を忘れて、そのいちごパンにくぎづけになる。


 未咲「……ごくん」


 思わず、つばが出てきた。

 正直、時間さえ忘れてしまうほど夢中だった。

 食い意地は張らないほうだと思ってたけど、このときはちがった。

 そのいちごパンは、とてもおいしそうに見えたのだ。


 未咲「……はっ」


 しまった、わたしはいまちょっと急いでいたんだった。

 でも、このいちごパンも食べてみたいし……。


 未咲「そうだっ」


 わたしはこしをおろして、またをきゅっとおさえた。

 じつは、わたしがこれから出すものもすごくあまい味がする。

 ふだんから甘いものをよくとるから、そのせいなのかもしれない。

 いわゆる特殊体質とくしゅたいしつってやつかな。最近気づいたんだけど。


 未咲「わたしのを、このパンにかけたらどうなるんだろう……」


 きっと、この世でいちばん甘い菓子かしパンができあがるに違いない。

 なんだかわくわくしてきた。


 未咲「よーし、ちょっとやってみよう……」


 外のふくろは開いていたので、わたしはそこめがけておなかに力を入れた。


 未咲「んっ……」


 しょわぁぁ……。

 袋の中から、なんともいえない甘い匂いがむんとただよってくる。

 出してるわたしは気持ちがいいし、だんだんしあわせな気分になっていく。


 未咲「はぁぁ……甘いおしっこ、すごい……」


 こぼれる手前あたりで、わたしのそれは止まった。

 あとは、これをおいしくいただくだけ。どきどきするな……。


 未咲「いただきまーす……」


 じゅるるっ……。


 未咲「すっごくあまい……おいしい……♡」


 ついうっとりしてしまうほど、わたしは自分の出したものを堪能たんのうしていた。

 肝心かんじんのいちごパンはひたひたになってしまったけど、これもちゃんと食べよう。


 未咲「うん、これも思ったとおりの味……まんぞく……♡♡」


 わたしのおしっこにひたったいちごパンは、どろどろに甘くなっていた。

 それは最高のスイーツのようで、まるでしあわせだけで出来ているようだった。


 ♦


 まだ全部出していなかったので、しいけど残りはちゃんとトイレでした。

 これまたさいわい制服はよごれておらず、きれいなままだった。


 未咲「いちごパン、おいしい……ずっと食べていたいな……」


 かくいうわたしは、余韻よいんにひたっていた。

 そのあとはしっかり授業を受けて、さっきのことも内緒にしようと思った。

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