#4 - 教室までの道 - road to our classroom - 1

 未咲「よし、学校の前に到着とうちゃく!」

 玲香「あんた、ちょっとくらい落ち着いたらどうなのよ……いま何歳なんさい?」

 未咲「えっ? う~ん、そうだね~……天才かな?」

 玲香「いや、をぬかしてる場合じゃなくて……」

 未咲「そんなことより身体からだ冷えちゃって……早くトイレ行かないとれそう……」

 玲香「わざわざ言わなくていいから、さっさと校舎こうしゃのほうに急ぎなさいよ……」

 未咲「ごめんね、玲香ちゃん!」


 たたたっとけていく足音。ちょうど校庭を目指しているところだろう。

 ん? そういえば校庭のほう、ちょっと滑りやすくなっていた気が……。


 玲香「あっ、待って……って、もう聞こえないところまで行ってしまったか……」


 いやな予感しかしない。

 するとあんじょう、すってーんなんて擬音ぎおんが聞こえそうなド派手はでなこけかたを見た。


 未咲「いたたた……って、あれ? わたし盛大に転んじゃったね、あはは……」


 ここから遠くのほうでのんきに笑う、わたしの幼馴染おさななじみ未咲みさき


 未咲「……っ!」


 急に来てしまった、その不穏ふおんな感覚。

 間違まちがいなく、限界はそこまで来ていたみたいだった。


 未咲「(うわ、まずい……このままだとわたし、ここでおもらししちゃう……)」


 そんなのはダメ……だからなんとかして、いますぐここで立ち上がらないと……。

 でも、けさからずっとがまんしてたのに、それこそいきなり立っちゃったら……!


 未咲「(どうしよう……玲香ちゃん、早く来てくれないかな……!)」


 それほど意識していなかったけど、すでにわたしはまたをぎゅっと閉じていた。


 未咲「(うぅ~……こんなはずじゃなかったのにな~……)」


 玲香ちゃん、早くここまで来て……!

 一縷いちるの望みを、わたしの大切な幼馴染にたくすことに決めたおもらし寸前ガールみさき


 未咲「(とにかく地面が冷たいよう……だんだん感覚なくなってきてるし……)」


 そんなことを考えていると、徐々に玲香ちゃんの姿が近くなっていくのが見えた。

 と、次の瞬間。


 玲香「きゃっ」


 これまたすってーんといった具合に、玲香ちゃんまで盛大にずっこけてしまった。


 未咲「玲香ちゃん?!」


 わたしはびっくりして、思わずさけんだ。

 あんなにド派手に転ぶ玲香ちゃん、ひさしく見なかった気がする。


 未咲「って、わたしは幼馴染の心配してる場合じゃなくてっ……!」


 そうだ、わたしはいま必死に尿意にょういこらえているところだった。

 このままこうしてたら、最悪の結末をむかえて、そして玲香ちゃんに……!


 未咲「笑われはしなくても、幻滅げんめつされるのは目に見えてる……そんなのダメ!」


 みずからを……あっ、ちょっと間違っちゃった。

 これじゃあ余計に尿意が増幅ぞうふくされそうで、あんまりよくないよね……ってぇ!!


 未咲「あっダメダメダメ! 校舎に着くまでがまんして、わたしの膀胱ぼうこう……!」


 わたしながら、おしっこがまる臓器の名前を口に出すとは夢にも思わなかった。

 ただ、何か言っておかないと、もう限界が近いのに堪える力さえなくなりそうで。

 やっと玲香ちゃんは起き上がれたっぽいけど、わたしは依然いぜんとして立てずにいた。


 未咲「玲香ちゃ~ん、早くこっちに……ふぁっ?!」


 ぞくぞくする、あの感覚がもうすでに何度もわたしの中におそいかかってきてる。

 これはたとえ玲香ちゃんがここまで辿たどけたとしても、もはや意味がない。

 ごめんね、玲香ちゃん……わたし、ここまでだったみたい……ほんとうに……。


 玲香「未咲! いまそっちに向かうから待ってて!」

 未咲「ふぇっ……? 玲香ちゃん……?」


 限界をえそうで泣きそうになっていたわたしに、突如とつじょとして救世主が……?

 どうやらその救世主みたいな存在は、あんがい身近にいたらしい!


 玲香「地面がすべるのなら、こうしたほうがいいかなって思って!」

 未咲「さすが玲香ちゃん……♡ わたし、なおしちゃいそう……♡」


 のっぴきならない状況下じょうきょうかにおかれても、冷静な判断をくだせる玲香ちゃん。

 わたしの幼馴染は、そんじょそこらの女子とくらべてみてもやっぱりかくちがう!

 こんなの、わたしみたいな女性でもれてしまうじゃない……!


 玲香「いくよ、そこでじっと待っててよ!」

 未咲「うん……!」


 このかまえは……もしかしてあの、ちまたで有名なおひめさまっこ?!

 ただ、滑りながらなので、画的えてきにはかなり面白いことになってしまっている。


 未咲「ぷふっ……って、あっ……ちょっとちびっちゃった……」

 玲香「えぇ……なんでこのタイミングでやっちゃったのよ……」


 わけがわからないといったふうな顔で、玲香ちゃんはわたしのほうを見た。

 そんなこといっても、玲香ちゃんのそのポーズがおもしろすぎてもう……。


 未咲「あっ、やめてやめて! がまんできなくなりそう! あはっ!」

 玲香「まずはその笑うのをやめなさい、校舎に着く前に全部出るから」

 未咲「いやだって、そんなこと言われても……あははははっ!」

 玲香「どうやらこれ、いったん通り過ぎたほうがいいかな……」


 といって、わたしは文字通り一時的に未咲のことを

 大丈夫だいじょうぶかならず最接近するから、とにかくそこで待っていてほしい。


 未咲「えっ?! どこいくの~? れいかちゃ~ん?」

 玲香「あんたはうしろを向いてて! わたしは背後から未咲をきかかえるわ!」

 未咲「れいかちゃんのいじわる~! はやくして~!」


 したすぎてじたばたし始めた幼馴染を傍目はために、わたしは最接近をこころみる。

 というか、あなた女の子でしょ……もうちょっとおとなしくしてほしい……。

 必死にがまんしていたりするし、まあわからないことはないんだけど……。


 玲香「いまからそっち向かうから、今度こそじっとして待ってなさい!」

 未咲「わかった~」


 聞き分けのいいこどもみたいな返事が聞けて、ひとまず安心した。

 とにかく急いであげないと、たいへんなことになってしまう。行こう!


 玲香「ほら、もう少しだからがまんするのよ!」

 未咲「わかったってば~」


 ふ~、ふ~……という息づかいが、かすかに未咲の背中から伝わってくる。

 相当がまんにがまんを重ねていないと、こうはなりづらいかもしれない。


 玲香「いち、にいの、さん!」

 未咲「……うぉっ!」


 そのとき、確かにひょいっと身体からだが誰かに持ち上げられるのを覚えた。

 でもそのうでは細くて、いまにももろくずちそうな感じがする。

 ただそれでいて、どこかしら丈夫じょうぶささえもたずさえていそうな華奢きゃしゃな腕。

 そう、そのぬしは、まぎれもなく玲香ちゃんのものだった。


 未咲「ありがとう、玲香ちゃん……」

 玲香「さて、校舎のほうまで急ぐわよ。お礼はそのあとでもおそくはないはず」

 未咲「それもそうだね、さすが玲香ちゃんだよ……」


 ほんとうにそうだ。

 玲香ちゃんには、何から何までこなせる力を持ってるイメージがあったりする。

 すくなくとも、わたしの中では。


 未咲「えへへ……玲香ひゃんはしゅごいなぁ……」

 玲香「ちょっと、もうあんたらしてるんだけど……」


 気づくのも時間の問題か……いまはとりあえず、トイレに運んであげるとしよう。

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