第169話 剣士祭⑤
その日の帰り道。ルークだけが一行から分かれて一人になった時。
「誰?」
ルークの後ろから誰かの気配がした。気配というか魔道で追跡者を探知したのだ。
「私です、ルーク様」
「あ、君は今日の」
「そうです。私はル=ラオ道場のロン=スアルと申します」
「確かに会場に居た人だね。誰かが付いてきていると思って一人になってみたんだけど君だったのか。それでル=ラオ道場の人が何の用?」
「ルーク様にはぜひ我がプレトリアにお越しいただけないかと」
「プレトリアに?なぜ?」
「ルーク様が狼公のご養子になられたことは聞き及んでおりますが、その魔道の知識、見識を我が州で発揮していただきたく、実は私はそのために今回剣士祭などと言う無粋なものに参加した次第です」
プレトリア州が剣よりも魔道を重視していることは聞いていたが、それはかなり強く剣を否定し魔道を肯定しているようだ。
「僕をプレトリアに招くために、その切っ掛けを作ろうとわざわざ剣士祭に参加したというのか」
「その通りでございます」
いかにもありそうなことではあるが、それをそのまま鵜呑みにするほどルークも初心ではない。
「ロジック家の養子である僕がアゼリア州を差し置いてプレトリア州に仕官できると思うのかい?」
「実のご子息であれば無理でしょうが、ルーク様はご養子であらせられます。いか用にもできるのではないかと愚考しております」
「正しく愚考だね。僕の意志が入っていない」
養父ヴォルフ=ロジック公爵を裏切るような振る舞いは出来ようはずもない。
「ルーク様も世界の深淵にご興味がお有りかと思っていたのですが」
「世界の深淵?」
「世界の理とでも申しましょうか。我がプレトリアはそれを追い求めております。そのためのプレトリア騎士団でございます」
「世界の理?ちょっと言っている意味が解らないけど。僕がそれに興味があると思ったのかい?」
ロン=スアルからは敵意は感じられない。本気で勧誘しているように感じる。だが、その真意は判らない。
「魔道士たるもの、いずれの魔道士であっても世界の深淵、理を追い求めない者などおりましょうか」
ロンは熱弁するが、熱弁すればするほどルークは冷めてしまっていた。
ルークとしては何よりも自らが何者なのか、ということが最重要課題であり、それが判ってからのことなど今は考えられない。自らの記憶を求める旅なのだが、そのための方法が判らないのでロックと色々なところを回っているだけだ。
今の所、ほとんどロックの我が儘に振り回されているだけなのだが、結果としてそれがいい方向に向かっているのではないかとルークは考えていた。但し確信ではない。
「僕はちょっと違うのかも知れない。悪いね、そのお誘いには乗れないよ」
「判りました。いずれまたお考えが変わる時も来るでしょう。その時はいつでもロン=スアルの名前をお呼びください。どこに居ても直ぐに駆けつけさせていただきます」
そう言うと、またふっとロンは消えてしまうのだった。
「どうかしたか?」
ルークに声を掛けたのはアクシズだ。
「いや、何でもないよ。どうしたんだいアクシズ、みんなと一緒に帰ったんじゃなかったのか?」
「いや、お前か姿を消したのに気づいてな。まあ、お前だけなら大丈夫だとは思ったんだが、念のためだ、念のため。剣士祭が終わるまでは怪我などしないようにしないとロックに怒られるからな」
「確かに。でもありがとう、大丈夫、何の問題もないよ」
ルークはロンのことは話さなかった。ルークはアクシズをロックほど信用している訳ではない。ロックは信用と言うよりも剣士として信頼しているだけなのだろうが。
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