第161話 出稽古⑦

 スレイン道場の師範代トルク=スレインはワット=スレインの次男だ。兄で師範のシル=スレインはその体躯でも判るが剛剣で有名なのだが、そのシルと比べると線がかなり細い。その分俊敏で技では弟の方が多彩だと言われている。ただ兄の手前、前に出るようなことは絶対にしない。


「ではトルク=スレイン対ルーク=ロジックの副将戦始め!」


 試合が始まると直ぐにトルクがルークに打ち込む。その剣は変幻自在だ。右から来た瞬間、さらに右から剣が飛んで来たりする。剣の速さはクスイーには及ばないにしても相当なものだ。いずれマゼランでも名を残す存在になるかも知れない。


「凄い、強いですね。受けるだけで精一杯だ」


 ルークは意地が悪い。余裕をもって避けるか受けているのに精一杯だと言われると馬鹿にしているとしか思えない。


 ルークはロックと違って剣を楽しんでいる訳ではない。だからどんな試合でも真剣でも早く終わらせたい。彼我の力量の差はもう判ったので、これ以上続けることもない。


 ルークがトルクの剣を余裕で躱してクスイー並みの速さで相手の喉元に剣を当てたところで早々に試合は終わった。


「それまで、ルーク=ロジックの勝ち」


「前座はこのくらいにしておきます。では最後に真打の登場、頼んだよロック」


 ロックはなんだか気分が乗っていなかった。


 相手の師範であるシル=スレインは確かに強い。今のロックでも少し梃子摺るかもしれないくらいには十分強いとルークは見ていた。


 スレイン道場も剣士祭で上位に食い込むだけの実力はあるのに間違いなさそうだ。もう少し底上げが出来ればもっと上を目指せるかも知れない。


 そんなスレイン道場の師範を前にしてもロックの意欲は削がれたままだった。ロックの意識はガスピー=ジェイルに向けられたままだったのだ。


 拙いな、とルークは思ったが、こればかりはどうしようもない。別の相手に気を取られて目の前の強敵に後れを取ることになりかねない。


「ロック、少し休憩してから大将戦にしようか?」


 ロックは不思議そうな顔をする。自分は一試合もしていないのに休憩も何もないだろう、という顔だ。


 ロック自身、自分がガスピーに気を取られてこれから始まる自分の試合に集中していないことに気が付いていない。


 逆にワットはその辺りの機微を完全に把握していた。大将戦は直ぐに始める必要がある。トルクはなぜ負けたのか、よく判らない内に試合が終わってしまった。とても相手が強いようには思えなかった。


 結果は結果として、四連敗。最後の大将戦で勝った方が勝ちだという特別なルールに、本来意味は無い。確かにどちらも絶対的な信頼を寄せている二人の対戦結果が全てだというのは一つの見方ではある。


 ワットにしてみるとソニーの依頼で弱小道場に練習を付けてやろう程度の認識で受けた出稽古だったが、こんな結果になるとの想像していなかった。


 確かにソニーはローカス道場について『手加減なしで』という指示だったが、もしかするとそれは『手加減できない相手だ』という事だったのかも知れない。ソニーがワットのプライドを傷つけないよう、そんな言い方をしたのだ。


 ワットにしても、このまま全敗してしまうとも思ってはいない。我が息子とはいえ、全盛期の自分を遥かに超えているシルに全幅の信頼を寄せていることは確かだ。


 ルークはよく判らなかったがローカス道場の他の三人は確かに強かった。特にアクシズ=バレンタインは相当な使い手だ。マコト=シンドウはまだまだ発展途上に見えるが、粗削りでも十分強い。クスイー=ローカスの剣の速さは異常だ。


 そんなローカス道場の大将として出て来るロック=レパード。御前試合の優勝者ということを考えてもシルに分があるとは思えない。


 シルはトルクと違い、もうある程度完成されつつある。今、ロックと戦い、自信を無くさせることが今年の剣士祭にどう影響するのか判らなかった。


 ソニー=アレス様も無碍なことをされる。事ここに到ってアストラッド州騎士団配下の道場の自信を砕いてしまった。最後、大将戦だけはなんとか形にできればいいのだが。ワットは目まぐるしく思いを馳せながら試合開始を宣言する。


「シル=スレインとロック=レパードの大将戦、始め!」

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