第162話 出稽古⑧

 試合が始まってもロックは上の空だった。それでもシル=スレインの剣を全て受けている。但し、ロックからは攻撃をしない。できないのではなく、しないのだ。


 シルとしては、ただの1勝で勝ちとなるので勿論負けられない。最初から本気で打ち込んでいる。


 その真剣なシルの剣を悉くロックは受けてしまう。上の空であっても生来の負けず嫌いが勝って身体は動いているのだ。


 ただ、シルもスレイン道場の師範だけあってロックの今の状態では反撃が出来ない。ただ、シルも勝ち筋が全く見えなかった。何処に打ち込んでも受けられてしまう。普通の相手なら到底反撃が来ないくらいの連続攻撃をしているのだが、それもいつまでも続かない。


 相手の剣を受けきって疲れさせて勝つのはロックが前に得意としていた戦法だが、今回は無意識にそれをやっているかのようだ。しかし本人は意識していない。ただ惰性で相手の剣を受けているだけだ。


「ロック、大丈夫ですか?」


「えっ?、どうした?」


 なぜ自分が心配されているのかロックには判らない。


「何かあったか?」


 シルの剣を受けながらロックが応える。会話が出来るほど余裕があるということだ。


「でも流石に師範、強いね」


 ロックが一応相手を評価する。確かにシル相手ではアクシズとは互角、マコトやクスイーでは勝てないかも知れない。


 ロックの意識がどうやらこちらの試合に戻って来たようだ。目の前の相手も、なかなかの使い手ではあるのだ。


「ルーク、済まない、集中が切れていたようだ」


 ルークの心配も理解した。折角出稽古に応じてくれたのだ、ちゃんと練習しないと意味が無い。


「よしっ」


 そこからのロックは集中が切れない。相手の剣はすでに速度を落とし始めている。体力の限界が近いようだ。


 十分相手の剣を受けきってロックはやっと反撃に出る。


 もうその時にはシルの動きは鈍くなっている。ロックは簡単にシルの首元に剣を突き付けた。


「それまで。ロック=レパードの勝ち」


 ワットはロックの技に最早賛美の眼差しを向けながら宣言した。マゼランの三騎竜には及ばないかも知れないが、彼らに匹敵する技量であると認めざるを得ない。


「素晴らしい。君はまだまだ強くなるだろうな。どうだ、たまにでいいからうちの道場に来て塾生たちを教えてくれないか?」


 ワットの提案に少し思案するロックだった。


「申し訳ありません、俺はまだまだ修行の身で誰かを教えるなんて、まだまだ早すぎますよ」


 ロックにすれば謙遜でも何でもない。本当にそう思っているのだ。シャロン公国一の剣士になる、という目標まではまだまだ遠いと感じている。


 勿論マゼランの三騎竜も越えなければならない壁だ。身近に感じて、その壁の高さを痛感している。


「そうか、それは残念だ。では、いつでも出稽古に来てくれたまえ。うちの道場も来てくれるとありがたい」


「判りました、時々来させていただきますよ」


 ロックにはもう学ぶところはないがマコトやクスイーには十分練習になるだろう。


 それから剣士祭までの間、実際にロックとルークを除く三人はアクシズの引率でスレイン道場に出稽古に数度訪れるのだった。

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