第159話 出稽古⑤

 ワットが決意を込めて中堅の名前を告げる。


「うちの中堅はシル=スレインが務めさせていただく」


 シル=スレインはワットの長男だった。幼いころから英才教育を施し、シルも才能に恵まれていたのか実力でスレイン道場の師範になっている。四十歳を超えた今でも道場一なのは変わらない。次男のトルク=スレインとともに道場を支えていた。本来ならばシルは大将格の筈だか、もう一敗もできない状況で中堅として出てきたのだ。


「なるほど、そう来ましたか。ではこちらは予定通り僕が出ましょう」


 ルークが言う。しかしそれはルークの予定だった。


「ちょっと待てよ、大将格が出て来たんだ、俺にやらせてくれないか」


 ロックが口を挟む。ワットとしては、相手の力量は十分知った。その大将にこちらの大将を当てたくはなかったのだ。


「ロック、我が儘ですね。では、こうしましょう。五人のうち何人勝ったかは問題にはせずに大将が勝った方が勝ち、ということでどうです?」


 ルークがワットに向かって提案する。ワットとしてもシルが相手の大将に負けるとは思っていない。ただ確実に勝ち数を増やすための中堅だった。


「判った、それでいい。では中堅は改めてメルク=トーチを出すとしよう」

 

「では、お相手は僕が」


「いや待て、中堅は俺が行かせてもらおう」


 今度はアクシズが口を挟んだ。


「お前たち二人の化け物は後の楽しみに取っておいてもらうとして、中堅までは普通の剣士同士の試合で行こうじゃないか」


 アクシズの提案はワットには理解できなかった。普通の剣士同士とはどういう意味なのか。確かにマコトやクスイーは強かった。普通の剣士とは言えないほどの強さの筈だ。その中堅に出て来るアクシズという剣士も相当な腕であることは容易に想像できる。それを普通の、と表現するという事は残りの二人は化け物ということか。


 嫌な予感がすることも含めてワットはアクシズの提案に乗ることにした。


「ではメルク=トーチとアクシズ=バレンタインの中堅戦で良かろう。では、始め」


 数度打ち合う間に二人の力量は知れた。アクシズは息を切らせていないがトーチは息が荒い。両者とも打ち込み、両者ともそれを受けてはいるが、アクシズは受けるだけではなく躱せる剣は躱している。それも紙一重でだ。


 徐々にトーチが道場の端へと追い詰められていく。回り込もうとするトーチをアクシズが逃さない。


「力の差は歴然だな」


 今までいた誰でも無い声にルークは驚いた。何の気配も感じ取れなかったからだ。振り向くとそこには見知らぬ顔の男性が立っていた。


「悪いな、なんだか面白そうなことをしているのが外から見えたので入らせてもらったよ」


 悪びれず男が言う。


「これはジェイルさん、お久しぶりです。今日はどうされましたか?」


 どうもワットの知り合いのようだ。ワットの額に汗が湧き出ている。


「久しぶりだねワット=スレインさん。いや、ただの通りすがりだよ、特段この道場に用があった訳ではない」


「そうでしたか。今日は御覧のとおりうちの剣士とローカス道場から来ていただいた五人とで試合形式で練習をしてもらっています。アストラッド州太守のご子息であるソニー様のお知り合いだということなので」


「なるほど、ローカス道場は閉めてしまったのだと思っていたが、こんな剣士がいるのなら安泰というものだな」


 ワットとジェイルと呼ばれた男が話をしているうちにアクシズはトーチを打ち伏せてしまった。アクシズが入って来たジェイルに気を取られた隙をトーチが狙って打ち込んだのだか逆に打倒されたのだ。


「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」


「ワットさん、その方は?」


 ジェイルという名前には聞き覚えがあった。そしてロックたちにも気取られない気配の絶ち方。その男はマゼランの三騎竜筆頭ガスピー=ジェイル大隊長に間違いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る