第154話 ヴォルデス道場⑩

「うっ」


 暗闇の中、急に灯が点いたことで侵入者たちはたじろいだ。


 三人の侵入者の内、二人はルークとアクシズが取り押さえる。しかし残りの一人はロックの手を逃れた。相当な手練れとみえる。


「おっ、なかなかやるな」


 ロックは嬉しそうに言う。既に二人とも剣を構えている。二人とも突然の点灯は意に介していない。


「えっ」


 ルークが思わず声を上げる。その男の顔に見覚えがあったからだ。


「ルシア、ルシア=ミストじゃないか」


 そこにはルシア=ミストが居た。


「いや、違う」


 ロックが叫ぶ。


「そいつはルシアじゃない、別物だ」


 ロックと男は何合か剣を交える。ロックはちゃんと受けている。躱してはいない。受けさせるを得ないのだ。


「ほほう、かなりやるな。ルシアを知っているのか。俺をあんな出来損ないと一緒にするな」


 ルシアの顔をしている男が言う。見た目はルシアにつか見えない。


「お前は何者なんだ?ルシアじゃないのは剣で判るが」


「俺か、俺はルシアの兄、フロウ=ミストだ。不肖の弟が世話になったようだな。だが、お前たちが生きているところを見るとあいつはまた失敗したのか。本当に使えない奴だ」


 ルシアの魔道はかなりのものだった。それを出来損ないと言い放つこの男は、ロックと対峙しても怯んではいない。


「兄弟で終焉の地なのか。その腕があれば正規の道場でも優遇されるだろうに」


「兄弟で終焉の地だと?何を言っている、そもそも終焉の地を組織したのは我が父だ。だからルシアくらいの実力しかなくても幹部を名乗らせてもらえるのだ。俺は正真正銘、自らの力で勝ち取った幹部だがな」


 確かに男の剣は鋭い。ロックがマゼランで会った中でも一、二を争うくらいだ。さらに何合か打ち合うが、ロックとしては楽しくて仕方が無かった。


「フロウと言ったか、本当に強いな。こんなところじゃなくて、ちゃんとしたところで立ち合いたいくらいだ。でも、暗殺者として暗躍するのなら放ってはおけない。ここで仕留めさせてもらう」


「大口を叩くものだな。いいだろう、少し本気になるとしよう」


 そう言うとフロウは剣を構えなおす。先ほどまでの正眼から下段の構えに変えた。これがフロウの本来の形なのか。


「待って。終焉の地にルーリ=メッセスの暗殺を依頼したのは僕だ。依頼は取り消す。依頼金は返却不要。どうです、これであなたがここに居る意味は無くなりましたよ、どうします?」


 ルークは何か嫌な予感がしてロックとフロウの衝突を避けさせようとした。ロックが負けるとは思わなかったが、どこか怪我をしてしまうかも知れない。


「どうするか。確かに俺がここに居る意味はないな。だが、そこの二人は返してもらわないと帰れないが、それは応じてくれるのだろうな」


 相手としては当然の要求だった。但し、ロックがその全てを許さない。


「駄目だ。ここでちゃんと決着を付ける」


 そういうと珍しくロックの方から切り掛かる。クスイーとの修行のお陰でロックの剣速も相当速くなっている。その全力の打ち込みだ。フロウは辛うじて受けるが反撃する隙を見つけられない。フロウも本気だがロックも本気なのだ。


 数合打ち合い、ロックの剣をフロウが受けきれなくなってきた。ロックはまだ速くなる。


「ちょっ、ちょっと待て。参った、降参だ。何だお前の剣は。速さといい強さといい、化け物か」


 フロウ自身が強いからこそ判るロックの力だった。


「死ぬよりはマシというものだ。ここは大人しく引くとしよう」


「引く?」


「さっきそいつが言っただろう。手を引くというのだ。その二人のことは好きにしてくれ」


「なんだ、見捨てるのか。というか、お前も捕まえるに決まっているだろう」


「おいおい、依頼は無くなったんだ、殺しもしていない。俺も捕まえるのか」


「当り前だろう。今までしてきたことを牢獄で反省するんだな」


 騒ぎの中、騎士団員を呼びに行っていたルーリたちに三人は引き渡された。


「よし、これで心置きなく剣士祭に望めるな」


 ロックが晴れ晴れしい笑顔で締めくくった。

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