第115話 ローカス道場

「ランドルフ道場には僕が案内します。」


 クスイーが先頭に立って歩き出した。徒歩でそれほど離れていないらしい。ルトア道場も割と近かったし、この辺りは強い道場が犇めき合っているのだ。


「張り切るのはいいけど、大丈夫なのか?一度も勝ったことないんだろ?」


「はい、試合では一度も勝ったことないです。」


「じゃあ練習では勝ててたのか。」


「いいえ、練習でも買ったことありません。」


 クスイーは惚けているのか天然なのか区別がつかなかった。足手まといにならないことを祈るだけだ。


「ロックさんは本当に強い方ですよね。ローカス道場が盛んだったころ色んな剣士と立合いましたがロックさんより強い方は一人もいませんでした。飛び抜けて一番です。」


 ロックはまんざらでもない様子だ。


「ルークもそこそこ強いんだぜ。」


「そこそこ、は余計だよ。ついて行くの、辞めようかな。」


「待ってくれ、流石に一人では無理だって。ルークが半分受け持ってくれる計算なんだから。」


「僕が半分って、そんなには無理に決まってる。もう帰ろう。」


 ルークとしてはロックが散々暴れまわっている最中に卑怯な手を使いそうな奴だけ何とかするつもりでしかいなかったのに、半分担当なんて酷すぎる。


「駄目ですよ、ルークさん。僕も怒っているんです。今更引き返せません。さあ、行きましょう。」


 なんでクスイーが仕切るんだ?、といいつつ後を付いて行く二人だった。


 ランドルフ道場に着くと、門の前に人だかりができていた。その中に一人、見覚えのある顔が。


「あの娘、塾生を連れて自分で乗り込んできたのか。ちょっと拙いんじゃないか?」


 今にも乱闘が始まりそうな気配がする。巻き込まれないようにするのではなくロックの場合はわざわざ巻き込まれに入るのだ。


「ちょっと待って、待って。アイリス、何がどうしたんだ?」


「ロック様、ルーク様も。そして、なぜあなたがここに居るのです、クスイー=ローカス。お二人の邪魔でもしに来たのですか?」


 アイリスはクスイーに対してのみ辛辣だった。なにかこう、憎んでさえいそうな感じだ。二人の間に何があったのだろう。


「ぼっ、ぼっ、僕は、その君が危ない目に遭ったって聞いたから、いてもたっても居られなくなって二人に付いてきたんだ。」


 ふり絞るようにクスイーがそう告げるがアイリスは途中から聞いていなかった。


「それで、どなたか責任者の方は出て来てはくれませんの?」


 ランドルフ道場の者にアイリスが問う。


「だから何度も言っているだろう。うちの手の者があなたを襲ったなどと、そんなあり得ないことで師範も師範代もお忙しいのにお手を煩わせるわけにはいかないと。」


「あり得ないことだと?アイリス様がそんな確証もないことを言うわけがないだろう。さっさと師範か師範代を出せ。」


 横からそう言ったのはリンク=ザード、ルトア道場の若き師範代だったが、実際にはアイリスは証拠もなく来ている。態といちゃもんを付けに来ているのだ。一度こうして騒ぎになると相手もそうそう襲ったりはしてこない筈、という目論見だった。アイリスは、リンクはどっちの味方なの?と思ったが口には出来ない。


「俺たちが証人だよ、それでどうだい?」


 ロックが口を挟む。事情は概ね理解した。アイリスはランドルフ道場の手の者に襲われたと騒ぎ立てに来ていたのだ。当然ランドルフ道場関係者は知らないと答える。アイリスたちには証拠がない。


「ありがとうございます、ロック様。でもあなたたちを巻き込むことはできません。こちらにお任せくださいませ。」


 アイリスからするとローカス道場のたった一人の塾生であるクスイーが来てしまっているのでロックたちを巻き込むことによってローカス道場も巻き込んでしまうことを恐れていた。


(もう、なんであのバカは弱いくせにこんなところにうかうかと出て来てしまうのよ、どうなっても知らないわよ。)


「居たよ、こいつらだね。」


 いつの間にか道場の中に入って居たルークが二人ほど連れて来たのはアイリスを襲った者たちに間違いなかった。 

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