第111話 剣の道⑦

「それで、なんであの素振りの感じで、君一人でも勝てなかったんだ?」


「僕は、剣士祭には一度も出たことがありません。」


「えっ、どうしてだ?」


 理由を聞いてみるとクスイーは子供ころから道場に出入りしていたが大きくなるまではちゃんと教えてももらえず、ただ素振りを繰り返していたらしい。その速さがどんどん増すので塾生たちが面白がってもっともっとと素振りをどんどんやらせたそうだ。


 そうして素振りの達人になったまでは良かったのだが、素振り以外が全く覚えられなかった、というのだ。縦に振る速さは尋常ではないが、それ以外の角度では木刀を触れなかった。また、相手の剣を受けることが全くできなかったのだ。


「そんなことが有るものなのか?とりあえず、立合ってみたいんだが。」


「それはいいですけど、多分相手になりませんよ。」


 二人が立合うと、確かに全く相手にならなかった。クスイーが一振り、上段から振り落とす剣をロックが避ければそれで終わりだ。最初の一太刀以外は全くいいところがなかった。


「君の実力は判った。でもあの素振りの速さは尋常じゃない。俺だから避けたけど、あれが当たれば勝ちだと思うな。その一太刀を確実に当てる方法を考えれば勝てるんじゃないか。それと普通の剣もちゃんと習得することだ。さすがに他が弱すぎるよ。」


 ミロが見ていても判るくらい躱されたあとのクスイーは弱すぎた。ミロでも勝てるんじゃないか、と思わせるほどに。ただ、ミロは今でも剣の修行をする気が無かったが。


「よし、やっぱりここで決めた、いいよな。」


 ロックは意気揚々と宣言した。こうなったらもう誰のいう事も聞かない。ルークとミロは渋々承諾したがミロは剣ではなく皆の食を担当するつもりでいた。


 クスイーには異存がなかった。塾生が増えることは単純にうれしいことなのだ。


 元々は大勢塾生が居たので泊る場所はたくさんある。一行はすぐに移ることにした。


「いいところが見つかってよかったな。」


 ロックは上機嫌だった。ルークには意味がよく判らなかった。修行という事で言えば、もっと大勢の塾生がいる道場の方がいいのではないかと思う。剣士祭に出るにも人数すら揃えられない道場では出場自体が危うい。ミロは出ないだろうから少なくともあと二人は必要なのだ。もちろんジェイが出る訳にも行かない。


「ロック、どうするつもりなの?彼とロックと僕であと二人足りないよ。」


「ミロが居るからあと一人じゃないか。」


「私は絶対出ないわよ。無理やり出そうとしても当日逃げるから。」


 ミロに剣の修行をさせるのは至難の業の様だ。


「わかったよ。じゃあ、あと二人だ。」


「でも、彼はあの調子で大丈夫なの?」


「俺に任せてくれたら、相当な使い手にできると思う。彼は経験がないだけで、いくらでも強くなるさ。俺もうかうかできないくらいに。」


 ロックのクスイーに対する評価は高かった。実際に立ち合った経験から言うのだ、間違いないだろう。マゼランに来て二人の剣士を見付け、マシュとは敵としてクスイーとは同門として接することになった。その違いはルークには判らなかった。


 三人が荷物を取りに行くため徒歩で宿に戻っている途中。路地からいきなり人が出て来てルークにぶつかった。


「いてっ。」


 ルークは少し飛ばされて尻餅をついてしまった。


「痛いなぁ、なんですか、あなたは。」


 それは女性だった。少女と言ってもおかしくないくらいの若い女性だ。


「ごめんなさい、追われていて。」


 彼女の後ろから数人の男たちが出て来た。


「おい、その女を渡せ。」


 そんなことを言われて、はいどうぞ、なんていうロックたちではない。水を得た魚の様にロックの眼が輝いた。

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