第110話 剣の道⑥

「頼もう。」


 時代錯誤の掛け声と共にロックが許しも請わずに道場の中に入って行った。


 しかし、応えはない。一人、木刀を振っている青年は、こちらに全く注意も払わず一心不乱に木刀を振り続けている。それは見ている者に少し恐怖を与え、狂気を感じさせるものだった。


 仕方に無しにロックはその青年の肩をトントンと叩いた。


「うっうわぁ、何ですか、あなたたちは。」


 青年はその時初めてこちらの存在に気が付いた。


「さっきから声を掛けていたんだけどね。」


「ああ、そうなんですね。申し訳ありません、僕は集中すると周りが見えなくなってしまうみたいで。」


 本当にそうなら凄い集中力だ。そして木刀を振る速さは尋常ではなかった。


「凄い素振りだったね。どうだろう、俺をここに入門させてくれないだろうか?」


「ほっ、本当ですか。入門してくださるんですか。嘘じゃないですよね。僕を騙してます?もしかして揶揄いに来たとか?」


「騙したりなんかしないよ。君の素振りを見て、ここに入りたいと思ったんだ。駄目なのか?」


「いいえ、いいえ、駄目だなんてとんでもない。実は長い間、入門希望者なんて誰も来なかったものですから。」


 それから青年はローカス自由道場の現状について話始めた。


 かつてローカス自由道場はマゼランに数ある自由道場の中でも有数の道場だったらしい。弟子も百人近くを数えて正規の道場に次ぐ繁盛ぶりだった。


 ところがある時、道場主であり師範だったウォード=ローカスが闇夜に襲撃されて腕と足を骨折してしまい、二度と満足に立ち会えなくなってしまった。


 それでも教えることはできたのだが、剣士祭でもウォード一人に掛かっていた負担が大きく、ウォードが出られなくなってからは一度も勝てなくなってしまったのだ。そして弟子たちは一人減り、二人減り、ついには自分以外誰も居なくなってしまった、というのだった。


「どうして君は一人残ったんだい?それに君がいれば剣士祭でも勝てるんじゃないのかな?」


「僕はウォードの息子ですから、辞める訳にはいかないのです。申し遅れました、僕の名前はクスィー=ローカス、この道場のたった一人の塾生です。」


 クスィーは道場主の一人息子だった。だが、あの素振りで勝てないのは妙だ。


「そうか、君は道場主の息子だったんだね。俺の名前はロック=レパード。こいつはルーク=ロジック。それとミロ=スイーダ。あとジェイかな。」


(なんじゃ、儂も紹介してくれるのか。)


「わぁ、なんですか。」


 突然姿を現したジェイを見てクスィーは驚いた。さっきから驚いてばかりだ。


「俺たちと緒に旅をしている使い魔だよ、害はないから仲良くしてやってくれ。」


「わ、判りました。でも、ロック=レパードと言う名前は聞き覚えがあるのですが。」


「今年の御前試合で優勝させてもらったからな、それでじゃないか?」


「ああ、確かに御前試合の優勝者のお名前がロック=レパードでした。でも、そうだとしたら聖都騎士団の副団長の御子息だと聞いたのですが。」


「そうだよ、それで合っている。」


「だったら聖都騎士団の専属道場がいくつもあります。うちに入門されるのは不自然だと思うのですが。」


「俺は聖都騎士団には入らないよ。だから全然問題ないと思うんだが。」


 クスィーの疑念は晴れなかった。塾生が自分以外全員辞めてしまった過程で色々とあったからだ。少し人間不信になってしまっている。


「それで入門は許してもらえるのかな?三人一緒に、なんだが。」


 そのロックの申し出をミロは手を振って否定するのだった。

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