第102話 暗躍Ⅲ⑧

「これは公太子様、ご無沙汰をしております。先触れもなく起こしとは、聊か不躾ではございますな。」


 ロッドス家のエンセナーダ出屋敷を預かるノスト=ローゼルが出迎えた。ガーレン=ロッドス侯爵は不在だ、そんな時に公太子が訪れることなと本来あり得ない。偽物と決めつけて追い返すこともできたがノストは前にセイクリッドのロッドス家執事長を務めていたので公太子とは面識があった。レイズ公太子に間違いない。なぜこんな時にエンセナーダの出屋敷を訪れるのだ。ノストは困惑していた。


「済まぬな執事殿。少しお聞きしたいとこがあって来たのだ。財務卿はご不在とは思うがお主が対応してくれるとたすかる。」


 公太子の頼みだ、断るのは難しいが、今は時が悪い。


「公太子様、応対させていただきたいのは山々なのですが今は少し立て込んでおりまして、日を改めてはいただけませんか。」


 ノストとしては日を稼ぎたかった。その間に対処できることは沢山ある。


「それがそうもいかぬのだ執事殿。ある魔道士を探しておってな。ここに居るのではないかと思って来てみたのだ、心当たりはないか?心して答えてもらおう。」


 レイズ公太子は確信していた。ここにブランは居るのだ。


 ノストは少しの逡巡の後、諦めた。レイズ公太子の後ろにカシル将軍が居るのが見えた。公太子か将軍のどちらか一人なら何とか誤魔化しようもあるが、二人同時では切り抜けようがない。だから、あんな胡散臭い魔道士の言うことなど信用してはいけなかったのだ。ガーレン様には申し訳ないことをした。


「判りました。ご自由にお探しください。もしお探しの魔道士が居りましたら、お連れくださっても結構です。」


 素直に協力した方が後の印象がいいとの判断だった。守るべきはロッドス家の矜持。


「では探させてもらうぞ。」


 レイズ公太子が自分で捜索する訳ではない。レイズは居間でダークと待っているだけだったが、とりあえずはそれで満足していた。


 ロックたちは1階、2階、3階と捜索していく。幽閉されている訳ではないので地下は後回しだ。しかしどこにも居ない。念のため地下にも降りてみたが、やはり居ない。


「おかしいな、そんな筈はないんだが。」


 一行が少し焦りだした時だった。ガルド老師が遅れてやってきた。ここまで来たら若い者に任せようとしたのだった。


「まだまだ修行が足りぬな。屋敷の構造をちゃんと頭に入れて探したのか?」


「どういう意味です、老師。」


「相手は結界を張っている。それを気づかせないくらいの特殊な結界だ。意識できないように、ということだな。お前たちは扉を見ているのに扉に気が付いておらぬのよ。」


「そんな部屋が。」


「3階の奥から2番目の部屋じゃ。まあ、儂でもここまで入って来てやっと少しだけの違和感を感じた程度じゃがな。儂でなければ見逃してしまってもおかしくはない。」


 ガルドがここまで言うのだ、相手の魔道士は相当の腕だと言える。元弟子である血のブランがここまでの腕を上げているとは思えなかった。ガルドすら恐れるギアスだとすると、ここで大騒動になってしまう。


 目的の部屋の前に着く。扉を認識することが相当難しい。ただ、言われて見れば確かにそこに扉らしきものがある。ほとんど意識できない扉だった。


「開けるぞ。」


 ロックが鍵のかかった扉を無理やり破った。一行が踏み込むと、そこに一人の男がいた。


「お前がブランか?」


「判っていて入って来たのではないのか?そこに、それ老師もいらっしゃる。」


「ブランよ、久しいの。まだ血に拘り地に落ちよったか。」


「老師にはお変わりなく。そうですね、私はあの頃と少しも変わっておりませぬ。老師に封印された魔道はあるお方に解いていただきました。そして、このお屋敷やアクトレス家にて実証をさせていただいておりました。実験は大成功でございました。アクトレス家の奥方の御顔を見られましたか?第一段階の若返りはほぼ完成の段階まで来ております。この様な邪魔が入らぬ限り完璧なものとなりましょう。」


 ブランは何かに取り憑かれたかのように話を続けるのだった。

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