第92話 暗躍Ⅱ⑧
「では準備も整った、出発だ」
グロウスは意気揚々と屋敷を後にした。それに反して部下の騎士団員たちはかなりの不安を抱えていた。それはそうだろう、今から強襲するのは財務大臣ワーロン=アクトレスの邸宅なのだ。個人的に不興を買っただけで捕らえられて鞭打ちなどの拷問を受けた、という噂もあった。気分次第で召使を痛めつけている、という話もあった。そして、それは夫婦共での噂だった。
アクトレス家は代々大臣職を輩出していた。特に財務大臣が多かったのだが、それは当然のように蓄財の宝庫だった。金を貯める、それを使って地位を固める、そしてまた金が貯まる。アクトレス家は太守を除けばガーデニア州で一番の富豪だった。そして、シャロン公国全土で見ても公王や太守を別とすると三指に入る富豪なのだ。太守にしてもプレトリア州太守バイロン=レインよりもその資産は多いと言われていた。
エンセナーダの中心街から少し北にある貴族の屋敷が立ち並ぶ地域にアクトレス家はあったが、その地域でも比べるものがないほどに大きい屋敷だった。アクトレス家より大きい敷地を有しているのは黒鷹城しかなかった。敷地内に建てられている建物も十三を数える。
アクトレス家の一番の正門は常に開いているのだが、邸内に幾つも門があり、行く先によってくぐる門が違うのだ。攫われた人々がどの屋敷のどの部屋にいるのか。そもそも一か所に集められているのか。そこに至る門は何処なのか。外部からは到底伺うことができなかった。ジェイの情報が唯一の頼りだが、グロウスたちは別としてグロウスの部下たちは使い魔と言う存在がよく判らないことも含めて心配だった。本当に大丈夫なのか。
グロウスたち約五十人の一行が屋敷の前に着こうとする時だった。
「あれ、ソニーじゃないか?」
少し離れた通りを歩くソニー=アレスを見つけた。遠目だったが多分間違いない。一行はあと少しでアクトレス家に着く。
「ロック、ソニーを追う?」
「うーん、そうだな。ルークは強襲隊に隊に付いていて欲しいから俺が追うよ。」
「大丈夫?」
「剣なら、な。魔道はどうも。でもやっぱりルークはジェイとグロウス先輩を助けてほしいから、俺が行くしかない。見失わないうちに行くよ。」
そう言うとロックはグロウスにも告げずにソニー=アレスを追った。まだそう遠くに行ってはいない筈だった。
ロックは直ぐにソニーを見つけた。一人で中心街を西に向かって歩いている。ルークではないのでソニーが魔道を使っているのかどうかは判らなかった。ソニーなら周囲から見えないようにすることも出来る筈だ。それが特に気にしている様子も見えない。自分が誰かに見つかって追われることなど想像もしていないかのようだった。
確かにロックもソニーを捕まえる気がない。なぜエンセナーダに居るのか、それも一旦マゼランに行って戻って来たのか。ロスではあまり詳しくソニーの旅の目的を聞けなかった。正規の外交ルートを使って他州を通ることもできたはずだが、それをしていないのは何故か。ルークならもっと色々と聞きたいことを思いつくだろう。本来の立場からするとグロウスに任せなければいけないのだが、多分グロウスもあまり得意ではない筈だ。
とりあえずはソニーの行先を確認し、普通に声を掛けてちゃんと説明してうえでグロウス男爵家に連れて行く、というのがロックの算段だった。場合によってはソニーを連れてアクトレス家に行く必要があるかも知れない。ジェイには非常時は呼ぶようにと言いつけてあった。
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