第64話 ふたたび東へ⑧

 剣ではルシアはロックの敵ではなかった。手数も一撃一撃の重さも比べようもない。普段なら手練れであるルシアは魔道を絡めながら戦うので滅多なことでは負けない。しかしロック相手では魔道を放つ隙を与えて貰えない。剣の腕で圧倒されて、どうしようもなかった。


「もうこのくらいで観念したらどうだ?」


「煩いですね、あなたの方が強いのですから早々に切り捨てればいいでしょう。」


「殺しはしないさ、捕まえてロス港湾局に引き渡す。黒死病を巻き散らかした犯人として、な。」


「いいのですか、そんなことをしたら私は依頼者を売りますよ。」


「依頼人の秘密は絶対に漏らさないんじゃなかったのか。」


「それは身の安全とは引き換えに出来ませんね。依頼者の事はあなたたちにも察しが付いていると思いますが、公になったとしたら困るのは誰でしょうか。」


 剣を交えながら会話に頭を回転させている。ロックの打ち込みを受けながらなので、やはりルシアの腕も確かなのだ。ロックも気を抜けなかった。


「我が弟子をそれ以上苛めないでもらおうかの。」


 突如として地面が膨らんだ。そしてそこから人型の何かが出て来た。


「弟子?こいつがか?」


「そうじゃ。我が不肖の弟子、というところじゃな。」


「不肖の、というところは同感だが、苛めている訳ではないさ、責任を取ってもらいたいだけだ。」


「責任とな。一体この者が何をしたというのじゃ。」


「ロスで黒死病をまき散らした張本人、ってことさ。」


「なんと、こやつがそのような大それたことをしよったのか。」


「判ったら老師、そいつを引き渡してくれないか。」


「なぜじゃ。」


「だから、」


「黒死病を巻き散らかした犯人だから、と。」


「そう。」


「師匠のいいつけを守ったのに、か?」


「あんたが黒幕だったのか。」


 ロックとルークに一気に緊迫感が高まった。出現の仕方と言い、只者ではない。


「あなたは何者です?」


「儂か、儂の名はザトロス、ただの老いぼれじゃ。」


 ルークは勿論、ロックも知らなかった。ザトロスとは大地のザトロスと呼ばれ数字持ちの魔道師序列順位第三位の魔道師であることを。ただ、ルークにはザトロス老師が高位の魔道師であることは理解していた。


「ロック、分が悪いよ、僕では老師に勝てない。」


 どう贔屓目に見ても結論は同じだ、ルークが勝てる相手ではない。


「ザトロス老師、ではそのルシアを連れて行かれると仰るのですね。」


「そう言っておる。」


「いや、ただの確認です。そしてロスの黒死病は老師の指示だった、とも。」


「何度も言わせるでないわ。まあ、儂も新しい友人に頼まれただけじゃがな。」


「それがクォレル=ロジック公弟だと?」


「儂からはその名前は言えんな。そっちで勝手に想像すればよかろう。で、こやつを連れて行ってもよいのじゃな?」


「僕たちでは老師のお相手は務まりません、どうぞご自由に。ただ、いくら頼まれたとはいえ、あのような惨事はもう勘弁してくださいませんか。」


「そうじゃな、一度切り、という約束であったゆえ、もうあのようなことはないじゃろうて。」


「老師、一つお聞きしても?」


「なんじゃ?」


「老師が終焉の地をお創りになられたのですか?」


「終焉の地?ああ、こやつが所属しておるところじゃな。いや、儂は関係ないな、弟子であったこやつが儂の元を出てから後の話じゃ。今回はたまたま近くに居ったので力を貸しただけじゃ。」


 またまた近くにいた、なんてことで黒死病を流行らせられたら堪ったものではない。


「では行くぞ。」


「あなたたち、この借りは倍にして返してさしあげますので覚えておいてください。」


 捨て台詞を残してザトロスとルシアは去っていった。ロックもルークも追いかけたりはしない。


「よかったのか?」


「仕方ありませんね、ミロを危険に晒す訳にもいけませんし。」


 配下のものやルシア一人なら問題なかったが、ザトロス老師にミロを人質にされたら手も足も出ない所だった。何事もなく引いてくれただけでも幸運だと思わなければならない。


「私の所為?」


「そうじゃないけど、手に負えない相手だった、とうことさ。」


(そうじゃ、あれは大地のザトロス、お前たちが勝てる相手ではない)


「ジェイ、今ごろ出て来てなんだよ。怖くて震えていたんじゃないのか?」


(ふっ、震えてなどおらん。それにしても今まで世の情勢にはほとんど関わってこなかった水のキスエル、氷のノルン、大地のザトロス、数字持ちの魔道師がこうも出てくるとは何か大変なことが起こりそうじゃな)


「判ってる。何かが大きく動く前兆なのかも知れないな。それで、これからどうする?もうルシアは捕らえられないだろうし。ミロは?」


「私も勿論ついて行くわ、ここまで来ておいて行かないでよ。」


「そうだね。いずれにしても東向かう旅なんだから、先に進もうか。」


 三人と一匹は東へ東へと進むのだった。

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