第58話 ふたたび東へ②
「私はこの街で生まれ育ってきました。父と母と兄と四人暮らしでした。父はキャラバンの一員でしたので、よく旅に出てはお土産を買ってきてくれていました。兄はそんな父の跡を継ぐといってキャラバンに付いて行くようになりました。母と私はいつも留守番でした。父の稼ぎだけでは暮らせないので母も市場で手伝いをして野菜などを貰ってきていました。生活は苦しかったのですが、割と楽しい毎日だったのです。」
なぜか娘の身の上話を聞くことになってしまって一行は少し困惑していたが、話が続くので仕方なしに聞いていた。キスエル老師はいつの間にかいなくなってしまった。上手く逃れられたようだ。
「そんなある日、父も兄も丁度戻っていて四人揃って土産話に華を咲かせていた時のことです。突然押し込み強盗が入ってきました。金目のものが置いてあるような家ではありません。貧しさが一目で判るあばら家です。強盗が入るような家ではありませんでした。でも、その男たちは入って来たのです。そして父にこういいました。」
ここからが本題なのだろう。娘の口調にも熱が入って来た。
「(おい、お前、持ち帰った物を出せ。)とう言って父の胸倉を掴んで脅したのです。」
「父は(なんのことだ、判らない。)と答えましたが男たちは納得しませんでした。リーダーの男が指示して家中を捜しました。でも男たちの目的のものは見つからなかった様子でした。男たちが探していたのは文字が書かれた石と言っていましたが、そんなものは家には一つも無かったのです。」
「リーダーは目的のものが結局見つからなかったことに腹を立てて父と兄をまず殺してしまいました。どちらも一突きでした。父も兄も荒事が得意な方ではなかったので全く抵抗も出来ず、すぐに動かなくなってしまいました。」
話が重くなってきた。このまま聴いて居ていいのか、聞く必要があるのか、聞いてあげないとこの娘の気が晴れないのか、判断が付かなかった。
「母と私は怯えて動けませんでした。そして、母と私はその男たちに攫われてしまったのです。そこで母と私は酷い扱いを受けていました。母は娼館に売られて客を取らされ、私は高く売るための算段をしていたのか、少しの間その男たちの身の回りの世話をさせられていたのです。」
「酷い目にあったんだね。確かにそれではここに居たくない気持ちも判る。でも僕たちの旅も危険な旅なんだ、君を連れて行ったりはできないよ。」
ルークは優しく諭した。ロックは若い娘と話すのが苦手だったので任せっきりだ。レイラやフローリアとは普通に話せるのだが。
「いえ、話はまだ続きがあるのです。」
話には続きがあった。
「私が身の回りの世話をしていたときのことです。リーダーの男が少しの間いなかったのですが戻って来た時に石を持っていました。男たちが探していた石ではなかったようですが、似た石だったようです。本物ではないから力が弱い、と言っていました。但し、自分は石を使えない、とも。偽物でも少しは力があり、魔道士でないと扱えないのだそうです。そのとき見た石と似たものを、あの男も持っていました。」
「あの男?」
「私に魔道を掛けた男です。だから私はあの男が魔道士だと知り、何かの魔道を掛けられたと思いました。」
「そうか、ルシアが持っていたのか。それは魔道の力を増幅したり、本来は使えない魔道を使えるようにできる物かも知れないね。」
「そんな物があるのか?」
「僕も知らないけど、多分あるんじゃないかな。老師、まだいらっしゃいますか?」
(おるぞ。)
「老師。」
「すまん。ついな。それは多分賢者の石じゃな。儂も何回かは見たことがあるが、本来この世にあってはならないものじゃ。お前たちも、もし手にしても使うでないぞ、身を滅ぼしたくなければな。」
「それ程の物ですか。」
「それ程の物、じゃ。」
「その後すぐに母が助けに来てくれました。」
まだ娘の話は続いていた。
「母は娼館を親切な客の手配で抜け出して私を助けに来てくれたのです。でも、私を逃がすためにまた捕まってしまって私だけがなんとか逃げらました。そしてこの街に戻ってこの宿の主人に拾われ、あまり外に出ないようにお客様の世話だけをしていたのです。母は殺されたと聞きました。」
やっと話が終わりそうだった。若い娘には確かに過酷な運命だった。
「それで。」
「それで?」
「私たち一家の運命を変えた石を探したいのです。それがそれほど価値のあるものなのか、この目で確かめたいのです。」
そこに繋がる話だったのか。話自体は重い話ではあったが、確かにこの街に、というかこの辺りに居たくないという気持ちも判らなくはなかった。普通、庶民は街を離れることはない。勇気がいることだった。
「それにしても君を連れて行くのはちょっとね。」
「いいではないか、女子の存在は旅を楽しいものに変えてくれるものだ、連れて行くが良いわ。」
「老師、適当なことを言わないでください。」
キスエル老師はただ面白がっていた。
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