第56話 東へ⑩

「ところで、もう一人おったやつは消えたが、よかったのか?」


「あっ。」


 生き残りの一人の姿は既になかった。それはそうだ、地下に移動できるのだ、地上にもできるだろう。ただし、それをルークに悟られなかった、ということが問題だった。魔道士としてルークを上回っている、ということになる。そう感じさせないところが凄い。


「なんじゃ、あ奴にも用があったのか。それならそうと早く言うがよいわ。」


「老師、あいつがどこに行ったのか把握できますか。」


「ちょっと待て。」


 そう言うとキスエル老師の姿が掻き消えた。次の瞬間、さっきの男を捕まえて老師が戻って来た。


「なっ、なんだ、そうかあなたが水のキスエルか。」


「儂の顔を知らなんだか。それでもここに立ち入ったということは儂に用があった訳でもないのか。」


「いえ、いいえ、あなたのご高名をお聞きしてどうしてもご指導を受けたいと。」


「思ったわけではない、よな。さっさと本当に事を言わないと老師は気が短いぞ。」


「なんでお主が仕切っておる。まあよい、どっちの用事も訊こうではないか。


「こっちの用事は一つです。南海道を東に向かった次の街で、なんというか場所に縛られてしまう魔道を掛けられた女性が居て徐々に存在が透けてきているのです。多分僕たちに手間を掛けさせて自分を追わせないようにというルシア=ミストの策だと思うのですが、僕たちの所為でそうなったとしたら放っておけないので何とか老師のお力をお借り出来ないかと。」


「なるほどの。あのなんとかという闇ギルドの男じゃな。まあよい、それは任せておくがよい。直ぐに飛んで行ってやろう。」


「お願いします。そして、こいつのことですが。」


「そうじゃな、お主、名は何と言う?」


 キスエル老師に問われると正直に答えざるを得ない。男は観念せざるを得ない。ルークがクォレル=ロジックに掛けた魔道をもっと強くキスエル老師が掛けていた。


「私の名前は、名前は、」


 それでも抵抗しようとしていたが無理だった。キスエル老師に抵抗することは至難の業だ。


「シェ、シェラック、シェラック=フィットだ。」


 絞り出すように名前だけを答えた。まだなんとか抵抗しようとしている。


「それで、ここで何をしておったのだ。」


「あっ、あるものを探していたのだ。」


 あるもの、という具体的なことを言わないのはこの男の最大限の抵抗だった。それを言うくらいなら死んでもいい、という覚悟での抵抗だ。


「あるもの、とはなんだ。」


「あるものは、あるものは、見つからなかった。誰かが既に持ち去っていたようだ。」


 あるもの、以上の内容を話さない。ルークには判るがそれは相当な魔道力が必要だった。


「目的は果たせなかった、ということだな。それで、シェラックとやら、お主は何者だ?」


「私は、私は、、、、」


 突然男が消えた。


「なんだ、どうした?老師、あいつが消えてしまった。何が起こったんですか。」


「うむ。」


 ルークでは痕跡を追えない、高位の魔道士の仕業としか思えなかった。シェラック=フィット本人のものではない、誰が他の魔道士の力だ。それもキスエル老師と同格の。


「あやつか。あやつが後ろについておる、ということじゃな。」


「老師、あやつとは。」


「儂の眼を盗んでこんなことをする奴は、まあノルンあたりじゃろうて。あ奴がさっきの男の後ろ盾、というか魔道の師匠じゃろう。」


「氷のノルン、ですか。」


 氷のノルンは数字持ちの魔道士序列第9位の魔道士だった。

 

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