第12話 新たなる旅立ち⑤

「やはり儂が会って直接確かめるしかないで

あろう。」


 ヴォルフの決心は固かった。ロックたち説

得は無駄なようだ。仕方無しに万全の警備の

上で二人を会わせることにしたのだった。


 クォレルは供も連れずに一人でやってきた。

何も疚しいところはない、という意思表示な

のだ。


「兄上、お加減はいかがですかな。おお、こ

ちらのお嬢さんは?」


 クォレル=ロジックはロック=レパードの

顔を覚えていない筈は無いのだが、惚けて見

せた。前にロックがヴォルフの元で剣術の指

導を受けていたとき迫ってこっ酷く断られた

ことがあったのだ。そのロックを無視してレ

イラの事を尋ねたのは嫌がらせのつもりだろ

う。


「レイラ=イクスプロウドと申します。お見

知りおきを。」


「おお、ではガイア公のご息女であられるか。

それはそれは遠いところをよく参られた。当

地はガリア州とは違い南国、気候もよろしい。

存分にご滞在されるといい。」


「はい、ありがとうございます。」


 クォレルはロックの方を見ずに、


「こちらの青年は?」


「ルーク=ロジックと申します。」


「ロジックだと?我がロジック家に縁のある

者なのか?」


 ルークがロジックの姓を名乗ることになっ

た経緯をクォレルにはまだ伝えていなかった。

そのことを伝えるにはヴォルフに向けられて

いた魔道の術の話から語らなければならない

からだ。


 ヴォルフは周囲の者たち制し、自ら事の経

緯を話した。黒幕は誰なのか、それだけを結

論付けないままに。


「そんなことがあったとは、このクォレルが

おりましたら兄上をそのような苦難に追い込

んだ者を決して許しはしなかったものを、口

惜しい限りですな。」


 演技とすれば相当練習を重ねた演技であろ

うか、クォレルの表情からは自らが犯人であ

ることを隠しているような様子は無かった。


 クォレルの様子に逆に不審に思ったヴォル

フはルークの方を見た。どういうことだ、と

その目は語っていた。


「僕から説明しましょうか。」


 この場を仕切るようなタイプには到底見え

ないルークの発言に少しクォレルは戸惑った

ようだが、直ぐに思い直して、


「お前が何を説明してくれると言うのだ?」


 クォレルには絶対の自信を持った表情が見

て取れる。


「僕の目を見てください。」


 そう言ってルークはクォレルの正面に立ち、

自らもクォレルをじっと見つめた。


「今から公弟様に掛けられた魔道を解いてみ

ます。よろしいですか。」


「儂に魔道が掛けられているというのか。面

白い、やってみるがいい。」


 ルークは両手で印を切りながら呪文を唱え

だした。


「ヴォルフ公、弟君には自らが首謀者である

ことを忘却させる魔道が掛けられています。

そのために絶対の自信を持ってこの部屋に赴

いて来られたのでしょう。ただ、悲しいかな

その忘却の魔道は、自らに忘却の魔道を掛け

たことを含めて忘れさせてしまったのです。

ですから、弟君は僕が魔道を解く、と言って

も特に反対したり阻止しようとしたりはなさ

らないのです。」


 ルークがヴォルフに説明をしている間、当

人のクォレルは呆けたような表情を浮かべて

椅子から落ちそうになっている。


「今から弟君の正気を戻します。もう一度老

公から黒幕について心当たりが無いか聞いて

いただけますか、先程の反応とは違うはずで

すから。」


 ルークが両手を叩くとクォレルは少し驚い

たような表情になり、落ちかけていた椅子に

座りなおした。巨体なので椅子が軋んでいる。


「クォレル、そなたは儂の命を狙う者に心当

たりはないだろうか。」


 そうヴォルフが問いかけるとクォレルは急

におどおどとしだした。


「いっ、いや、あっ、兄上を、兄上の命を、

ねっ、狙う者に、心当たりなどある筈が。」


 そこまで言ってクォレルは床に倒れこんで

しまった。ルークは本当のことを隠せないよ

うに魔道を掛けたのだ。逆らって嘘を吐くに

はかなりの精神力が必要となる。


「あっ、兄上が妬ましかった。望むものは何

でも手に入る、何でも持っている兄上が。兄

上がいる限り儂は太守にはなれない。周りの

者たちも儂より兄上を尊敬しておる。儂は城

の誰よりも馬鹿にされているのだ。何が違う

と言うのだ。同じロジック家の男子ではない

か。たった2年早く生まれただけであろう。

それなのに、兄上は公爵でアゼリア州太守。

儂は子爵でアゼリア騎士団副団長。この違い

は何なのだ。」


 途中からクォレルは誰かに話している風で

はなかった。独り言のように語り続けるだけ

だった。相当鬱積したものがあったらしい。

容姿の違いから性癖の違いまでありとあらゆ

る違いを並べ立て、自己中心的に自らがヴォ

ルフに劣っていないことを主張し続けた。誰

もその語りかけに応える者は無かった。


 衛兵がクォレルを連れて行った後は、ヴォ

ルフの寝室は重苦しい空気で満たされていた。

当分、いや一生幽閉されるであろうクォレル

はヴォルフのただ一人の肉親なのだ。


「ルークよ、すまなかったな。」


「いいえ、老公こそ気を落とさないでくださ

いね。」


「そなたは、我がロジック家の養子となるの

だ、城に住み儂を養父と呼んでもかまわない

のだぞ、いやむしろそう呼んではくれぬだろ

うか。」


 ヴォルフは肩を落としてそう言った。ただ

一人の肉親を幽閉したのだ。寂寥感は想像も

つかない程であろう。


「老公、いえ、養父上、そういう訳には行き

ません。確かに養父上に掛けられていた魔道

を祓ったのは僕です。しかし、養父上のたっ

たひとりの弟君を告発したのもまた僕なので

す。その僕が何食わぬ顔で城に置いていただ

く訳には行きません。」


 確たる物的証拠もなしに太守の弟を罪に問

い、自らが太守の養子となったとすると、自

らの利益のためにクォレルを陥れた、と言わ

れかねないのだ。ヴォルフがいくら庇ったと

しても、その声は静まらないであろう。


 ルークの言いたいことはヴォルフには直ぐ

に理解できた。


「それなら、そなたはこれからどうするつも

りなのだ。」


「修行の旅に出ようと思っています。人探し

も兼ねて。」


「人探し?」


「ええ、ラグで師匠のクローク老師に言われ

たのです。老公に会い、オーガを探せと。」


「オーガとは、あのオーガか。」


「どのオーガかははっきりとは判りませんが

伝説の魔道師オーガが今でも生きているのな

らぜひ会ってみたいと思います。」


 二人の会話を聞いていたレムスは涙を堪え

るのに苦労していた。ヴォルフの気持ちもよ

く判る。そのヴォルフに迷惑を掛けたくない

ルークの気持ちもまたよく判った。互いが互

いを思いやり、結局離れ離れになるしかない

のだ。つらい選択だろう。


「俺も一緒に付いていってもいいかな、その

修行の旅、ってやつに。」


 いままで黙っていたロック=レパードが口

を挟んだ。老公兄弟の間には口を挟む機会が

無かったが、ルークが修行を兼ねてオーガを

探す旅に出る、となれば話は別だ。ロックは

好奇心の塊なのだ。剣の修行になるのなら願

ったりかなったりだ。駄目だと言われても付

いていく、ロックの表情はそう物語っていた。


 レイラも同行したそうだったが、こればか

りは無理な相談だった。どんな危険が待って

いるか判らないのだ。ましてや女連れでは修

行にならない。そう説得されてレイラとフロ

ーリアはレムスの手配したアゼリア騎士団に

守られてガリア州に帰ることになった。


「旅の先々で困ったことがあればロジックの

名を出すのだぞ。皆悪いようにはしない筈

だ。」


 そう言ってヴォルフは一振りの細剣をルー

クに手渡した。柄にはロジック家を象徴する

狼を模った紋章が刻まれていた。


「この剣を持っていくがいい。儂がさる名工

に特に頼んで作らせたものだ。」


「ありがとうございます、大切に使わせてい

ただきます。」


「名残惜しいがいつまでもこうしておっても

仕方が無い。ルークよ、ロックよ、心して就

業の旅へと赴くがよい。」


「養父上もくれぐれもお体にお気をつけにな

られますように。」


「まあ、ルークのことは俺に任せて大丈夫だ

から。」


「ロック、確かにお前の剣は一流だがどうも

性格に問題がありそうだな。お前は剣という

よりは精神就業の旅と心得よ。」


「はいはい、判りました。」


「レムスさん、老公を頼みますね。」


「ルーク様もロック様もくれぐれも無茶はな

さらないように。無事のお帰りをお待ちして

おります。」


「そろそろいくか、ルーク。」


「ええ、それじゃあ養父上、行って参りま

す。」


 こうしてアゼリア州太守ヴォルフ=ロジッ

クの養子となったルーク=ロジックとロック

=レパードの旅は始まったのだった。


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