第11話 新たなる旅立ち④

「その話は誰にもしておらんだろうな。」


 まさか、という思いとやはり、という思い

が交錯している複雑な表情でヴォルフがルー

クに確認した。


「勿論です。知っているのは私とレイラ、レ

イラの侍女、そして老公の侍従の一人だけで

す。」


「あの弟君ならやりかねないな。」


「これ、滅多な事を言うではない。もし違っ

ていたとしたら、ロック様でも恩義のあるル

ーク様でも許される話ではありませんぞ。」


 レムス侍従長は一応ロックをたしなめては

いるがレムス自身もクォレルへの疑いは決定

的なものになっていた。決して愚鈍でも暗愚

でもなかった筈のクォレルが偉大すぎる兄を

持った故に自らの才幹を発揮する場所を与え

られなかった。本当のところはクォレルはク

ォレルなりにいくらでも才能を発揮する地位

に就くことも可能だったのだが、それを太守

のみに限定して望んでしまったことで、兄の

失政や失脚を望むようになってしまったのだ

った。


「いずれにしても証拠がないではありません

か。ルーク様の魔道に関しての腕前は充分承

知してはおりますが、確たる証拠がないこと

には仮にも老公の弟君であるクォレル様を罪

に問う訳には行きますまい。」


 レムスのいうとおりだった。クォレルの罪

を告発しても証拠を出せと言われればルーク

の証言しかないのだ。ヴォルフの恩人であり

ロジックの性を名乗ることを許された身とは

言え、実の弟であるクォレルと比べることは

出来ない。ただ、先だってドーバ老師には内

密にそのことを伝えられていた。同じことを

師匠と弟子が気づいたのだ。


「儂が直接クォレルと話そう。」


「そ、それは老公、お止めになられた方がよ

ろしいのでは。」


「何故だ。」


「もし仮にクォレル様が罪をお認めになられ

なかったとしたらどうなさいます。老公に知

られたと知ったらクォレル様は更に老公のお

命を狙いかねませんでしょう。」


「なら儂はどうすればよいのだ。」


 さすがに聡明なヴォルフもただ一人の肉親

のことなので決断が着かないようだった。親

はすでに無く、子も無く妻もない。縁者もな

い二人はこの世で立った二人の兄弟なのだ。


 余談ではあるが、クォレルが妻を持たない

のは、自らの趣味が男色である所為だが、ヴ

ォルフが妻を持たなかったのはそうではない。

若かりし頃、レイラの父であるガイア=イク

スプロウドとレイラの母であるゼナ=イクス

プロウドをめぐって争い、ゼナがガイアと結

婚したのでヴォルフはその後、妻を迎えよう

としなかった、という噂が同世代の者達の間

では囁かれていた。古い話なのでレイラやロ

ックは知らないことであろう。若い頃のゼナ

に似てきているレイラをヴォルフが可愛がっ

ているのはそのあたりのことが多少影響して

いるのでは、と不遜ながらレムス侍従長など

は歯がゆく思ってているのだった。

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