第5話 アドニスの邂逅

 その一行は目的がよく判らない奇妙な一行であった。普通旅をしている一行と云えばキャラバン(商人)か吟遊詩人か興行一座ぐらいで、後は精々太守などの庶民とはかけ離れた存在の行列、又は騎士団だけだった。庶民が生まれた街を離れることは厳しく取り締まられていたので、生まれた街を一歩も出ないまま一生を終える人々が圧倒的に多い。そんな中で、その一行は服装を見れば庶民の服装としか見えず、ただ物腰などには多少高貴なものが感じられそうなところがあって、只の庶民とも見えない。


 実は一行の中の二人の娘のうち一人はガリア州太守ガイア=イクスプロウド公爵の娘レイラであった。もう一人の娘は侍女のフローリア、そしてもう一人の青年はロック=レパードであった。


 レイラは御前試合をセイクリッドまで見に行きガリア州の州都ラースまで戻るとすぐに今度は海が見たいと言い出したのだ。セイクリッドに行ったことだけでも相当父親に叱られたのだが、そんなことはお構いなしのお姫様だった。もちろん、今回も許しを得て旅立った訳も無く、勝手に飛び出したのだ。ガイア公も困った娘だとは思いながらも望みを叶えてやりたくて、丁度一緒にラースに来ていたレイラの従兄弟のロック=レパードを追いかけさせた。ロックの腕前は保証付であるし行き先もアゼリア州ロスだと云うのでヴォルフの元なら大丈夫だと考えたのだ。ロックにもヴォルフに御前試合の報告をしなければならないだろうと納得をさせた。


 そんな訳でレイラとロックとフローリアの三人は無事アゼリア州の州都アドニスまで旅をしてきたのだった。


 一行が一休みしようと街中に入っていくと何だか人だかりが出来ている。好奇心旺盛なレイラは早速輪の中に入っていった。


「ねぇ、どうしたの?」


「あの若いのがからまれているんだ。からんでいるのはこの辺りの大ボス、ラバトの手のもの達だが、若い方は見かけない顔だな。」


 見ると丁度ロック達と同じ年くらいの青年が十数人のガラの悪そうな男達に囲まれていた。


「ねぇ、ロック、助けてあげなさいよ。あの子、やられちゃうわよ。」


 しかし、ロックは動こうとしなかった。


「黙ってみてなよ、直ぐにかたが着くさ。」


 乱闘が始まったが誰も青年を捕まえられない。大勢の人数と戦うときに捕まってしまえばそれで終わりである。普通は如何に逃げるかが勝負と云うより囲まれた方の決め手になる筈だが、この青年の場合は違っていた。大勢の中を巧みにすり抜けながら一人、また一人と確実に相手を倒して行く。あと三人になって流石に自分達の不利を悟ったのか、男達は決り文句の捨て台詞を残して逃げ去った。


「凄いわあの子。あら、ロックは?」


 見回すとロックはレイピア(細剣)を抜いて青年に近づいている。そして物も言わずに打ちかかって行った。


「何をするんだ、今の奴らの仲間か?」


 青年はロックのレイピアをあっさりとかわして間合いを取った。


「いやあ、ごめんごめん。つい剣の使い手を見ると腕を試したくなる性分でね。」


 そう云いながらロックは剣を収めた。


「危ない性分ですね、驚きましたよ。」


「何処で見に着けたんだい?、素晴らしい太刀筋だなぁ、正式に立合ってくれないか?」


 ロックは他のことにはあまり興味が無かったが、剣については特に関心をもっている。シャロン公国全土の剣豪たちと手合わせしてもらいたいと望んでいるくらいだ。青年の腕は確かなものだ。誰の手ほどきなのか、かなりの有名な剣豪に違いなかった。


「あなた、変わった人ですねぇ。それだけの腕なら何故助けてくれなかったのですか?」


「君が勝つと判ってたからさ。相手にならないとね。それはそうと誰に教わったんだ

い?」


「クロークという魔道師です。ラグに住んでいますよ。それじゃ、僕はこれで、急ぎますから。」


 青年は急ぎ足で街中へと向かった。


「君、名前は?」


 ロックが大声で叫んだ。


「判りません!」


 青年は意味不明の言葉を残して去って行った。


「判らないってどんな名前なんだ!」


 青年は教えられたドーバの家の前で途方に暮れていた。玄関の戸に張り紙がしてあったのだ。


「暫らく留守にする。二年は戻らん。待てるものは待て、待てないものは去れ。」


 どうしようもなかった。この張り紙が貼られたのが一体何時なのか。二年前ならもう直ぐ戻ってくるはずだが、貼られたばかりなら後二年は戻らないことになる。近所の人に聞いてみるとほぼ二年前に出て行ったらしい。しかし、二年と書いて二年で戻ってきたこともないらしい。青年は改めて途方に暮れてしまった。


 諦めて宿でも探そうと背を向けたときだった。誰もいない筈の家の中から何か物音が聞こえてきた。ゴソゴソと動いているようだ。


「泥棒かな?」


 青年は閉じられた窓に耳を近づけてみた。やはり誰かが居るようだ。どこか開いている所がないかと探してみると裏口にあたるドアが動いた。


「ここから入ってみよう。」


 辺りはもう薄暗くなりだしていた。家の中はもう灯り無しでは歩けないほどだった。中に入ってみると暗闇の中で人の気配がする。


「誰じゃ!」


 青年が今云おうとした台詞を相手に云われて驚いたその時、急に灯りが点いた。部屋の中は特に荒らされた様子も無く整然としている。そしてテーブルの上に老人が居た。正確には座っているように見えた。実際には老人はテーブルの上に浮いていたのだ。かなり小柄なクロークと比べてもまだ小さい老人だった。


「お主、変わった星を持っておるな。」


 落ち着いた様子から見てこの家の持ち主、すなわち魔道師ドーバに違いなかった。


「あなたがドーバ老師ですか。僕はラグのクローク老師の所から来た者なのですが。」


「クロークじゃと、あの不肖の弟子はまだ生きて居ったか。」


「ここに手紙があります。」


 ドーバは暫らくはクロークからの手紙に見入っていた。


「よく判ったが、よく判らん。まあなんとかするから暫らくはここに居ればよかろう。」


 こうして青年は再び魔道師の家に居候することになった。

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