第4話 時の都ラグ

「漸く気づいたようだの。」


 青年は何処か体が痛いのかぎこちなく身を起こした。目の前の椅子に座っているのはどうも胡散臭そうな老人だ。後頭部が割れるように痛かった。触ってみると瘤ができていた。


「あのう、ここは?」


 青年は恐る恐る聞いてみた。何がなんだか判らない。


「ここは時の都と呼ばれるラグの外れのあばら家じゃ。お主は街道から外れた岩場に捨てられておったのよ。儂でなければ見逃しておったろうな。感謝してもらおうかの、あのままでは死んでおったぞ、お主。」


「そうですか、あなたに助けていただたんですね。ありがとうございます。でも、私は何故そんな所に倒れていたのでしょうか?」


「大方山賊にでも襲われたんじゃろうて。頭を殴られたようじゃの。どうだ、痛むか?」


 確かに頭が痛い。それともっと重要なことに気づいた。


「山賊に?確かにそのようですね。ところで、私は誰なのでしょうか?襲われたときのことも一向に思い出せないんです。」


「自分が誰じゃと。そう言えばそんなことを聞いたことがあるのう。頭を打った拍子にそれまでの記憶がなくなってしまうことがあるとか。」


 青年は記憶を無くしてしまっていた。名前さえも思い出せない。


「それと失礼ですけどあなたは?」


「儂か、儂の名はクロークじゃ。それ以上のものでも、それ以外のものでもないわ。」


「クロークさんですか。改めてありがとうございます。たすけていただいて申し訳ないんですが。」


「なんじゃ、なんでも云ってみるがいい。」


「実は腹が減って。」


 グウと鳴ったタイミングと同時に青年は云った。クロークは思わず笑って、


「そうかそうか、腹が減っていると云うことは生きておる証拠じゃ、よいよい、遠慮するな、お主の食い物ぐらい直ぐに用意してやろう。」


 そう云うとクロークは何か呪文のようなものを呟き手をテーブルの上に翳した。するとどうだろう、そこには飲み物とパンが数種類皿にのって現れた。


「これはいったい?」


 青年は驚いて聞いた。それはそうだろう、何もなかったところに突然食べ物が現れたのだから。


「これは手妻の類じゃな。驚ろかんでも良いわ。安心して食うがいいわ。結構いける筈じゃ。」


 青年はむしゃぶりつく様に食べ出した。


 青年が気づいてから数日、とくに何事もなく順調に回復していた。相変わらず記憶だけは戻らないままに。


 クロークが魔道師であることに青年は非常に興味をもって、その術を教えて欲しいと頼んだ。クロークは特に今まで弟子を取ったことは無かったが、青年の記憶が無いことに関心を寄せていたので記憶が戻るまでの間、剣と魔道を教えることにした。するとどうだろう、青年は元々魔道師であったかのようにやすやすと呪文を覚えていった。普通なら5年はかかるであろう下位ルーン語も簡単に覚えてしまった。


「お主には驚かされることばかりじゃのう。記憶を無くす前は相当高位の魔道師であったかのようじゃて。それに剣の腕前ではとうに儂を追い抜いておろう。儂に遠慮して隠しているようじゃが、儂には隠し事はできんと覚えておくことじゃ。」


 魔道師としてはかなりの上位者であるクロークなので、そちらで追いつかれることは当分なさそうだが、剣の腕前では完全に師匠を追い抜いてしまった。剣では元々かなりの腕前だったらしく、自然と体が動いてしまう。剣と魔道、各々の修練を続けるうち、早や半年が経とうとしていた。


 ある日青年は思いつめた表情で老師の前に立った。流石に自分の記憶が戻らないことを心配し出したからだ。


「老師、まことに申し訳ございませんが、私の相を観ていただけませんでしょうか。」


 青年は恐る恐る申し出た。相を観るとはその人の運勢や未来を予言するようなもので、最下級の魔道師が生業として主に占いなどをやっている。クロークはかなりの上級魔道師なので当然その程度の事はできる。


「わかったわい。やっと言い出しよったか。何時言うかと思っておったが。よいよい、そこに座るがよい。」


 クロークは青年の額に手を当てて徐に呪文のようなものを唱え出した。古代上位ルーン語とか云うらしく、魔道師でもかなりの上位者しか使うことができないらしい。クロークは自慢気に話してくれた。これならかなり正確な予言が出来るはずだ。


「自らを探し放浪するものよ、汝の運命を切り開くにはヴォルフと会い、オーガを探せ。さすれば運命は開けん。」


 それだけで神託は終わった。青年には何がなんだか判らなかった。


「オーガじゃと、それにヴォルフとはあのヴォルフ=ロジックのことか、お主いったい何者だ。」


「僕に聞かれても困るんですけど。オーガとかヴォルフって誰ですか?」


「それはそうじゃな。儂が知っているオーガとはこのシャロン公国建国時に武王マーク=レークリッドと共に戦ったと云われている伝説の魔道師じゃ。もう四百年以上も前のことになる。ただオーガは今でも生きていてシャロン公国存亡の危機には必ず現れるであろうと云われている。儂の魔道師仲間達でもその存在は知ることが出来ないほどの偉大な魔道師じゃ。我が師であるドーバ老師の師匠でもある。我が師はオーガの12番目の弟子ということじゃった。それとヴォルフとは多分アゼリア州太守のヴォルフ=ロジック公爵のことじゃろう、それ以外には考えられんの。」


 伝説の魔道師、アゼリア公、いったい青年は何者なのだろうか。


「僕はいったい何者なのでしょうか?」


「儂には判らんわ。それならちょうど良い、儂の師匠であるドーバ老師がアゼリア州の州都アドニスに居られるはずじゃ。お主が望むならアドニスに行き我が師ドーバを頼るがよい。ヴォルフ公に逢う算段とオーガを探す手かがりが一度に得られるかもしれんて。儂が手紙を書いてやるからそれを持って行けば悪いようにはしないじゃ。多少個性的すぎるところがあるので、最初は戸惑うかもしれんがの。」


「判りました、ぜひお願いします。」


 青年はクロークに旅の支度をしてもらって直ぐにアドニスに向けて旅立ったのだった。

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