第5話

「マグナ……、感謝する」

「おう。そっちは頼む。あと、少し話がある」


聞き耳を立て、里長の部屋の様子を伺う。

ダン。里長に山賊を引き渡しながら、魔導師ーーマグナさんが机を叩く音が聞こえた。

なんだか、怒ってる? 聞き取り辛いけど、さっき僕と話してくれていたときより、ずっと低くて重たい声だ。


「なんだマグナ、用は済んだだろう」

「俺の用は済んでない」

「儂は特にない」

「俺はある。まだ、子供を諦めさせるような教育してんのか?」

「マグナ、子供たちを助け、賊を捕らえたことは感謝する。しかしだ、里の弱みを見せれば、いつどこの敵に狙われるとも限らん。優秀でない者に、魔法使いを名乗らせる訳にはいかん」

「だからって、夢を勝手に切り捨てることが許されるか! 努力を、周りに否定されるのが、どれだけ苦しいことかあんたにわかるのか!?」

「話は以上だ。立ち去るが良い」

「くっ……!!!」


話し合いが終わったのか、ズンズンズンと音がして、僕が聞き耳を立てていたドアが開け放たれる。

まぁ、そうなればもちろん、僕はドアに吹っ飛ばされるわけで……、


「ふぎゅう……」

「あ! おい! 坊主!」


見事、僕はドアの強打で気を失った。



「目、覚めたか?」


優しくて暖かい声がした。

諦めろなんて言う大人はいない。落ちこぼれなんていう同級生もいない。ここにいるのは、僕と同じ悩みを抱えて、それでも諦めずにいた人だけだった。


「痛むか?」

「……大丈夫」

「そっか、良かった」


マグナさんは、優しい笑顔を向けてくれる。

大きくて、強くて、優しい大人だ。僕は、今どうしても、この人みたいになりたい。

ずっと諦めたくなかった。いつから、魔法使いになりたかったんだっけ? たぶん、ずっとただの意地だったんだ。でも、今は違う。こんな風に、誰かを守れる人になりたいんだ。

ただの憧れだ、今は少なくとも。でも、いつか必ず追いついてみせる。


「マグナさん」

「ん? どした坊主」

「僕を、弟子にして」


マグナさんは、僕が言い出すのがわかっていたかのように落ち着いている。驚きも、喜びもせず、優しくみつめてくれている。


「楽じゃないかもしれない」


マグナさんが言った。

今まで、苦しい思いをしたマグナさんだからこそ、同じ道を歩もうとする僕に言った。


「それでもやるよ」

「誰にも、認めてもらえないかもしれない」

「マグナさんがいる。他の誰がいなくても、マグナさんが信じてくれれば、僕はできる」

「家族に、会えなくなっても?」

「寂しいけど、今の僕じゃ、誰も守れないから」


僕の言葉を聞き届けたマグナさんは、優しく微笑んだ。


「俺は、厳しいぞ?」

「うん。僕は弱いから、誰より努力しなきゃいけない。誰にでも勝てるように、誰でも守れるように」

「これからよろしくな、坊主」

「ツバキだよ。僕はツバキ」

「おう! 強くしてやるから、覚悟しとけよ?」



「マグナさん……、俺は強くなったかな?」


子供の頃は大きかった山も、海も、空も、今は少しだけ小さく感じる。弱かった僕には大き過ぎた世界を、強くなった俺は少しだけ知ることが出来た。


「貴方の意志を継いで、俺は世界を変える」


知ることが出来たから、俺は変えなくちゃならない。この世界が俺たちの可能性を否定するのなら、全部壊してでも成し遂げなくてはならない。

これは復讐じゃない。俺もあの人も、そんなのは望んじゃいない。

これは革命だ。魔族も、竜族も、神族も、そして人間さえも、この手で変えなくちゃならない。

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