第3話
学校から飛び出した僕は、そのまま里のはずれにある泉に来ていた。
水面を覗き込むと、随分と辛気臭い顔が映り込んでいる。
僕は、なんで魔法使いになりたかったんだっけ? たぶん、両親がそうだったし、周りもそうだったから何となく流されるままに学び舎に入ったんだ。真剣にやりたかったわけでも無い。魔法使いじゃなくちゃいけない理由があるわけでも無い。
「じゃあ、別に良いじゃ無いか……」
なんだか、どうでも良くなって来た気がする。
もともと才能もないんだし、ほかの得意を見つけたほうがいいかもしれないじゃないか。力魔法は使えるんだし、それこそ、戦士や武闘家として鍛えてもらった方が強くなれるかもしれない。もしかしたら、大工として大活躍できるかも……。
そうしたら、もう苦しい思いなんてしなくて済む。きっと、バカにするやつも、諦めろなんていうやつもいない。
そうやって1人でぼんやりしていると、後ろからザクザクと落ち葉を踏みしめながら誰かが歩いてくる音がした。
「なんだ、またお前かよ」
後ろを振り向くと、明らかに機嫌の悪そうなダースがいた。表情だけで、とっとと消えろと考えているのがわかる。
僕は、すぐに立ち上がると、その場を立ちさそうとする。
「チッ、こそこそしやがって」
ダースがボソッと呟く。
後ろを振り向くと、ダースが僕を睨みつけていた。
「ほんっとにカッコ悪いな」
ダースが吐き捨てる。
なんで、わざわざこんなところに来てまでお前の悪口を聞かなきゃならないんだ。後から来たのはそっちじゃないか。
ダースに正面から向き合い、深呼吸をする。
「な、んで」
「あ?」
「なんで、後から来たのに、ダースが偉そうにするんだよ……」
「偉そうに? お前が勝手に逃げただけだろ」
「そう……だけど……、それでも、そんな言い方」
しなくていいじゃないか。そう言おうとした瞬間、僕は後ろ襟を掴まれ持ち上げられる。
地面につかない足をバタバタさせながら、グッと閉まる襟を押さえ、必死に首が閉まらないようにする。
「お? ちょうどいいところにガキが二匹いるじゃねえか」
ドスの効いた、大人の男の声。
左側に目をやると、幅の広い大振りな剣を刃物を持っているのが見えた。
なに、これっ……。
「おい、お前何なんだよ!」
ダースが叫ぶ。
「はあ? 何って、そりゃ、お前らに関係ねえだろ?」
男がとぼけた声で答える。
心底呆れたような、理不尽な一言。当たり前のことを当たり前のように言っていますというような声。
「そうだ、お前ら、魔法使いの里のガキだろ? お宝とかねえのかよ。金になる宝石とか、すんげー魔法が簡単に使えるようになる杖とかよ。何でもいいから持ってこいよ」
男がダースに命令する。
「はあ? てめえ、よそ者が何調子のってるんだよ。知ってるぞ、山賊って奴だろ? 頭が悪くて、盗んだり奪ったりしないと生きてけないって奴だ。誰がお前に……」
「いいからさあ」
ザクッ。男の手から放たれた剣が、ダースの頬をかすめる。
皮膚の切れ目から血が滲み、顎のラインを伝っていく。
「お前の説教なんかどうでもいいんだよ。次は殺しちゃうよ? それとも、お友達から先に逝っとく?」
男はそう言うともう一本剣を取り出し、僕の首筋に当てる。
命の危機を感じて感覚が鋭くなっているのか、かすかに触れているだけの刃がひんやりとしているのがわかる。
驚くほど頭がクリアになっている。
もう死ぬかもしれないって思うと、こんなに落ち着くもんなんだ……。すごく簡単に諦めがついた。
どうせ元から、何の役にも立たない人間だったんだ。ここで死のうが何だろうが、誰も対して気にやしない。だから……。
「知るかよ! かかって来い! ぶっ飛ばしてやる!」
「あれ? お友達を殺すって言ったの聞いてないのかな? 何だよ……、お前人質にもなんねーじゃん」
人質にならないと判断し、男は僕を投げ捨てる。
ドサッと音を立て、地面にぶつかる。
良かった、生きてる……!
「シャルク!!!」
「あのなぁ……」
ダースが放った炎を、男は簡単に手でかき消す。
バシュゥ、と霧となって霧散した炎を前に、ダースが茫然とする。
「なん……で……っ」
「クソガキ、頭が悪いのはお前だ。魔法使いがいるってわかってんだから、魔法対策くらいしてるに決まってんだろーが!」
ガツン。ダースの顔面を、男の拳が打ち抜く。
そのまま男は倒れ込むダースの首を押さえ、何度も、何度も拳を振り下ろす。
ガツン、ガツン、バキッ、ゴッ……。
体格が倍はあろうかという男に何度も殴られる。
ダースは僕にとって嫌なやつだ。嫌なやつなんだけどさぁ……っ……。
「パドルク!!!」
僕は力魔法で全身を強化し、男に突っ込み、そのまま倒れ込む。倒れた瞬間に、男はすぐさま体を翻し僕を蹴り飛ばす。
「てめぇ、人質にも使えねぇから放っといてやったのによ……。大人しく怯えてろよ」
「僕は、こいつ嫌いなんだ……」
「はぁ? 意味がわかんねぇ。だったら大人しく見てろよ。俺が殺しておいてやるから」
「ダメだっ!」
僕はこいつが嫌いで、多分、ダースも僕が嫌いだ。
それでも、どれだけ嫌なやつでも……。
「見捨てたら……、きっと、後悔するから……ッ」
「もう面倒くせぇよ」
「うぁああぁあ!!!」
叫びを上げ、突進する。
あと一本で届く、そう思った瞬間にするりと男は身をさばき、横から僕の腹を蹴り上げる。
「か……っ」
「ガキが、どいつもこいつも」
ドサッ。地面に叩きつけられる。
全然ダメだ、経験値が違いすぎる。強化していようが、戦い慣れた山賊相手ではまるで歯が立たない。
それでも、全く及ばないんだとしても、僕が勝たなきゃならない。僕がやらなきゃ2人とも死ぬ。ここでこいつを止めなきゃいけないんだ!
「それでもっ……」
「おいおい、もう実力差は分かったろ? 痛くないように殺してやるから、おとなしくしとけって」
「いやだ! お前は僕がぶっ飛ばしてやる!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます