8 女学校の仲間たち

 講堂こうどうで気絶してしまった桜子は、医務室いむしつ(保健室)に運ばれた。


「う……う~ん。わ、わたしは…………あれ……?」


 目を覚ました時、桜子はベッドに寝かされていて、「え⁉ ここ、どこや⁉」とおどろいた。そして、ベッドの横のイスに見知らぬ上級生が腰かけていたので、さらにビックリした。


朧月夜おぼろづくよさん、目を覚ましたのね。よかったぁ……。わたし、先生たちに頼まれて入学式のお手伝いをしていたからその場にいたのだけれど、新入生が突然たおれてビックリしてしまったわ。しかも、こんなにも可愛らしい新入生さんが……。頭、たんこぶはできていないみたいだけれど、だいじょうぶ? どこも痛まない?」


「は、はい……。ええと、あなたは……?」


「わたしは三年生の風花かざはな柊子とうこ。よろしくね、朧月夜桜子さん」


 柊子は人のよさそうな笑顔でそう言い、桜子の頭を優しくなでてくれた。


(何だか、とてもほんわかとした人やなぁ……)


 柊子は整った顔立ちをしているけれど、大人びた美女というよりは、どこかぽわわんとしていて愛らしい美少女だ。桜子より四歳も年上だというのに、柊子とこうやって話していてもちっとも緊張しない。むしろ、親しみすら感じていた。


 柊子の袴姿はかますがたをここで紹介しよう。

 柊子は、淡い桜色の矢がすり柄(矢の羽根をデザイン化したもの)が清楚せいそな印象をあたえる着物を着ていて、半えりのがらは黄色が目に鮮やかなタンポポである。

 袴は少し大人びていて柚葉ゆずは色(濃い緑)だった。また、白い大きなリボンで長いうしろ髪をたばねている。


「こちらこそ、よろしくお願いします! でも、どうしてわたしの名前をごぞんじなのですか?」


「わたしが教えたからよ」


 不機嫌そうな声が聞こえて、桜子は、柊子のうしろに三人の少女が立っていることに初めて気づいた。

 その三人の内、プクプクとほっぺたをふくらませているお下げ髪の少女は――。


「あっ、菜々子さん!」


「こちらの花守菜々子さんと十六夜いざよい桔梗ききょうさん、夕立ゆうだち蓮華れんげさんが、あなたをここまで運ぶのを手伝ってくれたのよ」


「わ、わ、わ……。そ、それは大変お世話になりました!」


 桜子がベッドの上で正座して頭をペコッと下げると、桔梗と蓮華は顔を見合わせ、ウフフと笑った。桜子のちょこまかとした仕草が可愛くて、思わず笑みがこぼれたのだ。


 菜々子はというと、桜子を助けたのが不本意なのか、相変わらずほっぺたをふくらませている。


「めまいを起こしたわたしを助けようとしたせいで、朧月夜さんは頭を打って気絶してしまったのです。お礼を言わなければいけないのは、こちらのほうですわ。朧月夜さん、ありがとうございます」


 とても言葉づかいが丁寧な桔梗がそう言い、深々とお辞儀をした。


 桔梗の水色の着物は、うねうねと流れる水をかたどった模様が美しい。

 白の半えりには青色の水玉模様があって涼やかだった。

 そして、袴は自分の名前と同じである桔梗色(濃い紫)だ。

 病弱でよく横になることが多いから乱れやすい髪形にはあまりできないのか、黒々とした長い髪を小さな赤いバラの飾りがついたリボンで、うなじのあたりでまとめている。


「十六夜さん、もう体の具合はええの……ごほん、ごほん、よろしいのですか?」


 桜子は、桔梗の体調が心配で、そうたずねた。また方言が出かけている。


「それが……。わたしは家から徒歩十分で通えるからこの学校を選んだぐらい体が弱いのです。ほんのちょっと無理をしただけで気分が悪くなるという困った体質で……おえっぷ」


 どうやら、桜子を運ぶのを手伝っただけで疲れてしまったらしい。桔梗の顔は真っ青だ。


「あ、あわわ! 十六夜さん、大丈夫なん⁉ わたしはもう平気やで、ベッドで休んで!」


 桜子は、自分が横になっていたベッドに桔梗を寝かせながら、申しわけなさそうに言った。あわてているので、もう完全に方言になってしまっている。


「ほへ~。十六夜さん、それだけ体力がないと、通学路にある暗闇坂くらやみざかを通って登校するのは大変そうだね。あそこの坂道、すごく急でしょ? あたしは学校のりょうで暮らしているから、遅刻の心配とかしなくてもいいけれどね~」


 桔梗とは対照的にフランクな口調でそう言ったのは、おかっぱ頭で童顔の蓮華だった。蓮華はさっきからずっとニコニコの笑顔である。蓮華は、どんな時でも上機嫌な少女なのだ。


 ここで、蓮華の袴姿も紹介。

 黄緑の着物にはタンポポや桜草さくらそう、つくしなどの春の植物たちが刺繍ししゅうされていて、その春の野原を白い子ウサギたちがぴょんぴょんと飛びはねているという可愛らしいデザインだ。

 また、山吹色の半えりには黒ウサギが刺繍されていた。袴は夕日のように美しいあかね色である。可愛くてなかなかセンスのいい組み合わせだった。


「あの坂道は、行きは下りだから楽ちんなのです。でも、帰りが大変ですね。今から先が思いやられますわ……。夕立さんは寮生りょうせいなのですね。どちらのご出身なのですか?」


「あたしは横浜生まれ! 東京に親戚がいないから寮に入ることになったの。家は港の近くで洋食屋を経営しているんだぁ~。食堂には、外国の人もたくさん来るんだよ!」


 蓮華のしゃべり方が陽気でざっくばらんなのは、どうやら、洋食屋の常連客じょうれんきゃくの西洋人たちの影響のようだ。


「学校の寮は、楽しいですか?」


 親戚の花守家に居候いそうろうさせてもらっている桜子は、ちょっと興味がわいて聞いた。蓮華は「う~ん……」とうなりながら、くちびるに指を当てる。


「学生寮の管理をしている白鳥しらとり先生は優しいおばさんだけれど~……。寮から外出するのにいちいち許可をもらわないといけないのが面倒かなぁ。あたし、洋食屋さんの娘だから食べるのが大好きで、東京のおいしい食べ物を探して食べ歩きがしたいんだよね~」


 蓮華はブツブツ言いつつ、着物のふところに手をつっこんで黄色い紙の箱を取り出した。


「これ、お近づきのしるしにどうぞ♪ 森永のミルクキャラメルだよ。みんな食べて?」


 ニコニコ笑いながら蓮華は黄色い箱からミルクキャラメルをたくさん出して、桜子たちに三粒ずつ配ってくれた。どうやら、蓮華は料理だけでなくお菓子も大好きのようだ。


「わぁ~! 夕立さん、ありがとう! 家に帰ったら、スミレさんにわけてあげようっと!」


 桜子はぴょんぴょんと小さくジャンプしながら喜んだけれど、菜々子は「わ、わたしはいらないわ!」と言って拒否した。


「教頭先生がおっしゃっていたじゃない。学校にお菓子を持ちこんだらダメだって!」


「ええ~? そんなこと言ってたかなぁ~? あの先生の話、長すぎて、何が禁止なのか全部覚えきれないよぉ~。……もぐもぐ」


 蓮華はミルクキャラメルを口の中にほうりこみ、そう言った。ものすごくマイペースな女の子のようだ。同じくのんびり屋の仙造と気が合うかも知れない。


「と、とにかく、わたしはいらないもん! ……桜子さん、わたしは先に帰るから、あなたは一人で勝手に帰って来なさいよね! もう道はわかるでしょ? それじゃ!」


 菜々子にとって桜子は敵だ。その敵と仲良くしている桔梗と蓮華も敵……。

 思いこみの激しい菜々子はそんなふうに考えて、逃げるように医務室から出て行ってしまった。


「面白い子ねぇ」


 事情をよく知らない柊子がウフフと笑いながら言った。


 桔梗と蓮華もぼう然とはしているけれど、菜々子に対して「嫌な子!」みたいな悪感情は抱いていない様子である。そう感じた桜子は、(菜々子さんが嫌われなくてよかった……)と思って少しホッとするのであった。


(……でも、菜々子さんは本当に素直じゃないなぁ~。仲良くなりたいんやけれど……)


 桜子は、早速、桔梗や蓮華と友達になれそうだ。柊子という優しい先輩とも親しくなれた。


 しかし、菜々子は、あの調子だと、学校で友達をつくるのは難しいかも知れない。桜子はちょっぴり心配だった。

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