ウォーク・ウォーク・ウォーク

 時間はいつごろだ、日の加減から、昼過ぎだと思える。アミュの太陽はサファイアと呼ばれ、真っ赤な色をしていた。そこらあたりが赤かった。

 <フレキシブル・ビッチ>の艦長には大見得を切ったがエージェント、スミス一人で戦うわけではなかった。

 GPSロケーターが壊れていない限り、 現在位置は、ゼロイチ教団によるニューボーンで干上がりアミュ最大の大陸となったウルでミア大陸のほぼ中心から西に600ネルの距離に居た。ウルデミア大陸には、そんな高い山脈はなかった。山という山はアミュの地軸が傾き、大きな質量の月が破壊された関係で噴火し、えぐれていた。

 250ネル先に、パライアソンという陸上の小都市があった。キセノン機関からのアセットからの情報だと、ここに、小さなヒーザンズの集団が暮らしているはずだった。

 しかし、都合100ネルほど歩かなければならなかった。

 無理だ。

 それで、やっとロケーターの発するアクティブサインに、ヒーザンズの同胞が答えてくれると予想される範囲内に入ったことになる、そして、ランデブー。しかし、100ネル歩くとなると、およそこのアミュの日数単位で七日強かかる。

 正直無理なラインだ。

 それに、ゼロイチ教団は、軌道上にこそ、防御、攻撃兵器を設置する能力を有していなかったが、このアミュ惑星全体の地上は完全に支配していた。

 ヒーザンズも、小さな都市の地下と夜間に活動しまるでネズミの様に生きていた。

「終わったな」

 スミスは口に出してみた。しかし、一向に問題に客観性は感じられず、重い事実だけのしかかってきた。

 元気なうちに、一ネルだけでも、進みたかった。

 スミスは、歩き出した。

 重いので、武器になるかもしれない、メットは捨てた、しかし、メットの中敷は日除けのため、剥がし、頭にかぶった。

 もう武器ではない。

 歩くことには、自信があった。士官学校を卒業したあとの機動歩兵の初期過程の行軍訓練でも評価はランクAA(ダブル・エー)だった。機動歩兵の15ガランのフル装備で三日の行程を二日で歩ききってやった、最後の方など、運営側の教官連中のコース設営が追いつかないほどだった。

 それで、教官におだてられて、一番厳しい機動歩兵を志願したほどだ。

 しかし、それは、地獄への第一歩だった。否違う、士官学校入学があやまりだったのだ。


 歩く、歩く。一歩が一ネルに一ネルが一ミルに。おれは、<デス・ブリンガー>と呼ばれる、死をもたらす、厄災だったのだ。


 歩く、歩く、一歩が、一ネルに一ネルが一ミルに。

 エージェント、スミスは、もうおかしくなっていたのかもしれない。


 この徒歩行軍を選んだ時点でもう脳に着地の衝撃を受けて脳震盪を冒し、支障をきたしていたのかもしれないと、思ったのは、二日目の朝の洞窟の中だった。

 乾きに負けて、一日目の夜、相当の量を飲んでしまった。夜、小便が出ないことに気づいた。

 次は出ても、血尿だろう、、。

 次の日の朝、涼しいうちに距離を稼ごうと思ったが、寝過ごした。気がついたら、サファイアは、もう高く上がっていた。

「嘘だろう」

 自分は、意志は強いつもりだった。士官学校でも、機動歩兵でも、落第したりドロップアウトして、やめたやつは多数いた、町一番のタフガイが惑星一のタフガイが訓練で泣いた。戦闘で、泣いた。そして辞めた。

 だが、スミスはやり遂げた。

 泣いたり辞めるのは、自由だが、そういうやつは根性無しだった。そう教官が言っていた、軍隊が言っていた。スミスが心に誓っていた。

 しかし、二日目の高く上がったサファイアにスミスの心は折れた。

 今までの努力は勝算が何割か常に存在した。また目標が明確に定められていた。第一きっちり輜重部隊がいて、ロジスティックがしっかりしていた。きっちり定められた作戦計画が在った。

 これには、なかった。ない物づくしだった。

 水はない。装備がない。まず、たどり着いたとしても、ヒーザンズが答えてくれる保証がない。

 多分、<ウィーバー>での二回目のジャンプを失敗したときに、このミッションは失敗したんだろう。

 スミスは寝過ごした段階で、心が折れていた。しゃがみ込み、日除けになる洞窟からぼーっとサファイアの日差しに照りつけられているアミュの大地を眺めていた。

 しばらくは、挫折感に浸っていただけだったが、アミュの大地を這う、ゼロイチ教団が起こした厄災を生き延びた、名も知らない、一〇本足の虫を見つけた時、恐ろしい事実に気づいた。


 ここに居ても、水が尽きたらレーションが尽きたら、死ぬのだ。


 スミスは、血の気が引いた。今までどんな<デス・ブリンガー>のどんな過酷な戦闘でもこんな恐怖を感じたことはなかったが、今の恐怖ほど強烈な恐怖はなかった。

 突然、スミスは立ち上がり、歩き出した。恐怖によって突き動かさられていた。

 スミスは、狂ったように歩いていた。手には、非常用の水にパックだけ握って。


 二日目の夕方頃、影が長く伸びた時、スミスは更なる恐怖に駆られた。

 自分の影より長く伸びてる影が自分の下に在った。

 スミスは、更なる恐怖で凍りついたが、振り向かざるを得なかった。

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