春の便りと雪の夜

 遠く、九州の地から春の便りが届いた。タケノコである。北海道には竹がないため、もちろんタケノコもない。ビニルパックに入った水煮ならスーパーで年中売られているけれど。竹林に風が吹くときの音が懐かしい。無造作に叩いて音階を探す遊びもした。関西に住んでいた頃はタケノコ堀りに繰り出したこともある。後処理のことを考えず、夢中で掘りつづけた。アクを摂取することが春を迎える儀式だと思っていた。

 ここ数年にわたり、毎年送られてくる便りに「そんな季節か」と呟いてしまう。北海道に来てからはめっきり食べなくなっていたのでたいへん嬉しい。

 アク抜きされた状態で届くのがありがたい。まずは刺身で食す。次の日は天ぷらにして、その次はタケノコご飯。最後は豚肉とコンニャクと一緒に炊かれる。だいたいいつもこのコースだ。

 今夜はタケノコご飯を作った。ほかの具材は油揚げだけだ。炊飯器の湯気はいいにおいだ。湯気の及ぶ範囲には、たしかに春が訪れている。しかし外は雪が降っていて、なんともちぐはぐな夜になった。

 うっすらと積もってさえいる。ゴールデンウィークが過ぎるまではスタッドレスタイヤから履き替えない。「油断するなよ」とばかりにこうして冬を思い出させる。油断などしていないのに。だから冬用タイヤなのに。

 春風は強く、少しの雪でも吹雪にしてしまう。明日の朝、外はどうなっているのだろう。かろうじて氷点下は回避しているから路面凍結の心配はなさそうだ。天気予報をのぞくと、週末にも雪マークがある。ゴールデンウィーク中もだ。見なければよかった、と思ってしまった。私が見るとか見ないとかで天気は左右されないのは百も承知だ。

 いっそう強い風が吹いた。……おかしい。吹きやまない。ああ、そうだ。すっかり遠のいていた音だが、これは風ではない。屋根から雪が落ちる音だ。ということはそれなりに積もっているのだろう。大地にすがりついた冬が、なかなか去っていかない。

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