大きいのがいない日

 職場の建物内に、いまは使われていない換気口がある。そこでは毎年巣作りが行われている。セグロセキレイの大きいのと小さいのが交互に現れて、ちゅんちゅんと鳴いて、春先偵察にやってくる。もしかすると私たちが働き始めるよりも前から、彼らの場所なのかもしれない。

 しばらくすると親鳥たちのくちばしには虫が挟まれるようになり、ヒナ鳥の元気な叫び声が換気口から反響して聞こえてくる。私たちニンゲンの姿は見えているはずだけれど、まったく気にされていない。窓ガラス一枚を隔てたそこにいるというのに。


 毎年同じ個体のペアが来ているのだろうか。鳴き声は同じように聞こえる。外で仕事をしているときにも、虫を探しているらしい彼らの声が聞こえてくることがある。そういうときはなんとなく嬉しくなってしまう。

「今年も来ましたね」

「ヒナがかえったみたいですよ」

「飛ぶ練習がはじまりました」

 換気口のそばがポジションだった人から、日々の報告がある。今日のは大きな虫でしたとか、そろそろ巣立ちかも、とか。私が彼らに近い日もある。

 また今年もきっと、知らぬ間に巣立っていくのだろう。そう思っていた。

 昨日の午後あたりから鳴き声が聞こえなくなり、巣の近くに姿を現さなくなった。

 偵察の結果、今年は違う場所にしたのかもしれないと考えていたところ、今朝から小さいのがせっせと草を運び入れていた。口ひげのようにしてほぐされた草をくわえる姿はたいへん愛らしい。何度もやってくる小さいのを見つつ仕事を終えようかというときだった。

 昨日屋内に設置していたネズミ捕獲シート(通称ぺったんこ)にセグロセキレイがくっついて死んでいた、と聞かされたのだ。

 すぐに「ああ、大きいのだ」と思った。今日はずっと見ていない。いつもなら小さいのと代わりばんこにやってくるのに。相手がいないからなのか、小さいのの鳴き声も聞かなかった。それでもせっせと草を運んでいた。

 夕方から雨の降る日だった。

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