生活①

 人生で初めて有給休暇というものを得たので、行使してみることにした。なにか予定があったわけではなく七時間におよぶ運転の疲れを癒すためである。

 のんべんだらりと過ごす。洗濯機をまわして、シンクの中を片付けて、干して、ソファーに倒れた。それが許される月曜日である。

 ただ生きるためだけに生きていたいという願望は少なからずあって、それはこういう日に訪れることが多い。

【生活】①生きて活動していること。②人が社会で暮らしていくこと。経済的に暮らしを立てていくこと。(旺文社 国語辞典より引用)

 これの①を目指したいのである。

 暑い日はまだ続いていて、すべての窓を開けているのだけれど、あいかわらず鳥や虫の声が聞こえてくる。彼らは①でじゅうぶん生きている。しかし私は②を加えることを必要とされていて、なんとか応えながら生きているという具合だ。生命活動だけで生活したい。とはいえ、人間たるもの白い靴の次には青い靴が欲しくなったりするように(井上陽水「限りない欲望」参照のこと)、生活だけしたい欲に加えてありとあらゆるものを欲する。いまなら涼しい風とかすでにできあがったご飯とか、みゃーこが換毛しないですむ方法とかである。新しい万年筆に対するそれは凪いでいるが、かわりに新しいボールペンに対しては荒々しく波打っていたりする。残念だが生活①からほどとおい現状だ。即物的なものだけでこれだから、もっと広い世界で求め始めたら枚挙にいとまがない。隠遁している人達は、きっとこれらの欲望よりもはるかに強く隠れたい欲をもっているに違いない。うらやましい。そこを目指してみたい。

 そうして書いている途中で、定期注文している米が届いた。隠遁のレベルを考えさせられる一件だ。俗世間から離れすぎると米も届かないが、しかし育てられる自信もない。

 こんなことを考えている時点で、私が①だけで生活していくことは不可能なのだろうと思い知らされる午後であった。

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