第2話『べとべと☆射精流剣術にご注意!』


 早朝、縁側の雨戸を開けると、原益精十郎は剛直した自分のポコンティヌスを握りしめ「うぬぁ」と低く呻き、白濁たる体液を庭へと大量に放出した。その量たるや、牛乳瓶一本分はあろう。促すようなストロークは八たび、九度を越え、十度をさらに上回るしごき上げの果てにようやくと収まる。

「今日も良ォ飛ぶわい」

 高校入学からこっち、性欲は溜まるばかりである。剣の道に邁進して直心影流に心血捧げて十有余年、とあるきっかけの果てに己がポコンティヌスを剣に見立てた独自の流派を編み出し、彼は今、新たなる高みへと達しようとする自分のみなぎる心気に惚れ惚れするほかはなかった。

 未だなお下腹に張り付くようにそそり立ったセガレの剛直に逆らうよう押し下げると、「ぬふぅ」とため息が出る。

「もう二、三回ほど放っておくか」

 予備動作なしの射精ができる精十郎は、お母さんにまた怒られるかもしれない恐怖と戦いつつ、ちらりと屋内を伺う。まだ新聞は取りに来ないだろうが、臭いで怒られるかもしれない。

「やめておこう」

 ブリーフパンツをはきつつも見事なテントであった。腹のゴムが浮きモジャモジャが垣間見える。

 気にせず庭に出ると縁側に備えてある木刀を手に佇立し、だらりと構え、大きく深呼吸をする。

「はぁん!」

 呼気一閃、八相に構える。屹立しブリーフに押さえつけられたポコンティヌスがビクンと上下する。地を踏む両足から切っ先までが、まるでひとつの強靱な鋼の如くビシリと重みを醸し出す。

「腹益精十郎だな」

「誰だ」

 庭の生け垣の側にキューピッドが立っていた。見紛うはずはない。羽がある。

「キューピッド新影流、マリコ。乙女の願いに応じ、恨みはないが恋に落ちてもらいに来た。いざ尋常に勝負」

「ほほう、東高の榊原をあやめたのは貴様か! ははは聞いておるぞ、ちょこざいな柔で組み討ちに持ち込んだとな。その体幹や侮れぬが、俺には効かん!」

 もはや隠そうともしない勃起が股間のスリットからまろび出る。

「愚かなりキューピッド。俺に恋など不要。女なぞ不要。射精さえ在れば良い」

 ズイと裸足、いやブリーフを除き全裸の精十郎は木刀を青眼に構える。股間のポコンティヌスもピタリとマリコの目に向けて切っ先を向けている。

「射精こそ剣境の奥に至る妙薬よ。――いざ」

 仕掛けたのは精十郎だった。

 羽を畳むマリコが五寸釘を右手に構える前に、己が撃尺の間合いまでスルスルと身を寄せ、剣の切っ先を僅かに右に開き攻めの気配を放つ。

 マリコはその誘いに乗った。

 精十郎の武器は真剣ではない木刀である。

 真剣ではないのならと、木刀を掴み払い押しのけん。マリコはそう判断し、頭蓋を打ち据えられる前に一挙同でその木刀、切っ先から二十センチ弱ほどまでの『物打ち』と呼ばれる場所に手を伸ばす。

 この手は木刀を上段に構えるように避けられ、切り返すような清冽な打ち込みが来る。マリコはそう確信していた。

「なに!?」

 木刀を掴んだマリコの方が驚いた。なんと精十郎は木刀をあえて掴ませていた。

「あっはぁん!」

 精十郎による鼻から抜けるような甘く重い気合いが炸裂した。

 青眼に構えられた木剣は、左前方に踏込んだ体移動だけで掴むマリコを押し飛ばした。

「なんたる粘り!」

 マリコは瞠目した。跳ね飛ばされた。いや、押し投げられたようなものだった。乙女の体重は秘密だが、彼女の体を伸ばした腕と木刀で押しのけ救うように持ち上げ投げるとは。

「おうよ! みたかキューピッド! 剣は胸で振るとは良く言うが、胸とは腕の始まりだからこそ言われる文句よ。胸とは背中も含む。背筋も含む。腹筋も含む!」

 勃起をピクンピクンとさせながら精十郎は八相に構えながら間合いを詰め始める。

「おろそかにしがちな脚はどうだ? 脚は地に、地を脚に伝えよとは言われるが、脚はどこから始まる。……そう、尻だ」

 ミチィ!

 ものすごい勢いで引き締められた大臀筋は、その谷間にブリーフを挟み込むように飲み込み、勃起の除くスリットを破らんばかりに引き延ばす。

「キューピッド! では問う。腕は胸! 脚は尻! ……それを合致させ天地とひとつに、この人体に強靱さを与える鍵はどこだと思うね?」

 ビクンとひとつ勃起が唸る。

「そう、丹田だ。『丹田はどこだ』と様々な武術家が言を労しているようだが、俺は悟った。そう、肛門八の字筋と下腹のおしっこの溜まるところ辺りにある筋肉、このふたつが引き締める場所、弄ると少し気持ちの良い前立腺の少し上が丹田なのだ」

 精十郎の言葉の意味は半分ほどしか分からぬが、それはそれで頷ける部分も多い。

「俺はそれを、射精したときに悟った。あの天地と一体になり放つタルシス。これぞとばかりに素振りをしまくった。お母さんに馬鹿になると言われたが、それでも素振りし続けた。一日の内に何回素振れるか何度も試した。そして努力から、その精妙が剣に宿ったのだ。『射精流剣術』と名付けた」

「私は女ゆえわからぬが、大したものだ」

 しかし間合いに近づく精十郎にマリコはふてぶてしく笑う。

「射精流剣術、やぶれたり」

「なに!? ――はう!!」

 一瞬の出来事であった。

 マリコが投擲した五寸釘が精十郎の勃起に尿道からずっぷりとクギ首まで潜り込んでいた。

「あ゛がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいいいいいいいいいああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 木刀を取り落とし股間を押えるように腰を引き崩れ落ちる精十郎。ハートマークの釘頭が逆さまになっているので、彼の先っちょを正面から見ると大きい桃と小さい桃が重なっているように見える。かわいいね。

「案ずるな、切っ先は根元まで届いておらぬ。己が――に感謝するんだな」

 さすがにキューピッドとはいえ、ポコンティヌスを口にするのは恥ずかしいようだった。

「いま楽にしてやろう」

 マリコはうずくまる精十郎を仰向けに蹴り返すや、その先っちょから釘を一気に引き抜き、手首の返しだけでそれを彼の心臓の真上に打ち込む。

 ――お見事!

 感嘆の声よりも先に、精十郎の体にピンク色の甘酸っぱい快感が走る。脳幹から背筋を通りで爆発するその快楽に彼の脳髄は灼熱の恋に染め上げられた。

 マリコが半ばまで刺さった釘から手を放すと、その胴部に書かれた名前があらわになる。

 その名も『山田ヒミコ』。

 ピンクな頭でその名を見た精十郎は、その名前にピンときた。

「素振りで毎回お世話になった子か――」

「せいやぁ!!」

 瞬間、クピドかかと踏み抜きが炸裂した。

 釘頭に叩き込まれたそれは容易く彼の心臓を尽きうがった。

「げうっ!」

 ゼウスよご照覧あれ!

 マリコのかかとが下ろされると、精十郎は盛大に射精した。

 その体液が己が体に降りかかるさまを残心で受け止めつつ、かがみ込む。

 そして彼がすでに恋に落ちていることを確認すると、満足げに立ち上がる。

「貴殿がおかずにするとき、おかずもまた貴殿をおかずにするのだ。クラスメイトの扱いには注意するのだな。――末永く幸せにな」

 翼を広げ、朝焼けへと飛び立つマリコ。

「あとひとり」

 恋の戦いに身を置く彼女に、休息のときはない。

 己が恋が成就する、そのときまで。


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