第21話 ドワーフ族には使いにくい家①

 今日も一仕事終えたガリューは自分を拘束しようとするコリンからなんとか逃れ、いつもの酒場で一杯あおっていた。



「おい、ガリュー! お前ここにきて大丈夫なのか?」



 心配してくれる店主を他所にガリューは更に酒をあおっていく。



「あぁ、仕事を頑張ったんだ。このくらい許されて当然だろう?」



 店主は呆れ顔で「やれやれ」と言って奥に引っ込んでしまう。


 一人になったガリューは、気分良さげに鼻歌交じりで酒をあおっているといきなり肩を叩かれる。



「ガハハハっ、今日はやけに機嫌が良さそうだな。最近姿を見なかったが何かいいことでもあったのか?」



 座ってるガリューより更に背丈が小さいがっちりとした体と乱雑に伸びている髭のドワーフ族——モロゾフがガリューの隣に座る。



「モロゾフか。最近コリンのやつがうるさくてな。もっと栄養を考えろだの、酒は控えろだの、、夜はちゃんと寝ろだの言われなくてもわかってる!」

「わかってないだろ! 実際に今ここで飲んでるわけだからな」



 そう言いながらモロゾフは自分の酒を注文する。



「でも仕事終わりだぞ! 一杯だけでも浴びるように飲みたいじゃないか」



 そんなガリューの前には山のようになった空の瓶。これにはモロゾフは呆れていた。



「たしかに一杯は飲みたいがお前は飲みすぎだ! もう顔も赤いし今日はそれくらいにしておけ!」

「あぁ、そうするか」



 素直に言うことを聞くガリュー。一時のやさぐれていた時を思えば随分と丸くなったものだとモロゾフは感心した。


 ガリューが立ち上がるとやはりそれ相応の量を開けていたので足元がどうもおぼつかない。

 モロゾフは呆れて、彼に肩を貸すと家まで連れて帰ることにした。


 カウンターにお金を置き、飲み足りない気持ちを持ちながらも親友のためだと我慢する。

 あまり背丈の高くないガリューだが、それでもモロゾフの数十センチ高い。そんな彼がガリューを持てるようには見えないが、ドワーフ族というだけあって力は強いようだ。


 そのまま担いでしまうとガリューの住む鍛冶屋へと向かっていった。




「おかえりなさい、もうどこ行って――」



 鍛冶屋へと連れて帰ると風呂にでも入っていたのか、長い金色の髪に水を滴らせた幼い少女が中から出てきて、モロゾフの顔を見て驚いていた。



「お嬢ちゃんがコリンちゃんか?」



 ガリューから前もって聞かされていた名前、それを告げるとどこか安心した表情へと変わる。



「ガリューさんの知り合いの方ですか? こんなところで立ち話もあれなので中に入ってください」



 コリンはそう言うとそのまま奥へと入っていく。



「あっ、ガリューさんはその辺に寝かしておいても結構ですよ。また私との約束を破って飲みに出かけられたんだから自業自得です!」



 ガリューには厳しいようだった。ただ、適当に置いておくのもあれなので側に置かれていたソファーに寝かせておく。


 しかし、ここは本当にガリューの鍛冶屋なのか?


 モロゾフは興味深に辺りを眺めていた。いくら少女一人雇ったからといってあのゴミ屋敷同然だった鍛冶屋がこうも整頓された清潔感溢れる鍛冶屋へと変貌を遂げるものなのだろうか? それがどうにも信じられなかったモロゾフは思わずコリンに尋ねてみる。



「ここの鍛冶屋、コリンちゃんが片付けているのか?」

「あっ、はい、そうですよ。といっても元々置かれていた商品の補充と軽い掃除くらいですけど」



 少し照れた様子で話すコリン。あまり褒められるのは慣れていないのかもしれない。しかし、その程度でここがこれほどきれいになるとは思えなかったので更に突き詰めて聞いてみる。



「最初に片付けるのは大変じゃなかったか? 足の踏み場すらないゴミ屋敷だっただろう」

「いえ、そんなことないですよ。私が働き出したのはガリューさんがお店で手一杯になって鍛冶が出来なくなったかららしいです」



 ということはガリューが片付けたのか? あの鍛冶狂いの男が!?

 さすがにそれは信じられなかった。



「あっ、そういえばここのお店がはやり出す前に一度改装をしたみたいですよ。この家の裏にある倉庫もそのときに作ってもらったみたいです。たくさん収納できるいい倉庫なんですよ」



 得意げに話すコリン。話の腰を折ることなく聞き続けたモロゾフはその倉庫に興味を引かれていた。



「ちなみにその倉庫って見せてもらってもいいか?」

「うーん、私だけじゃちょっと判断できないですね。大切なものも入っているみたいですので」



 倉庫だし高級な武具とかが置かれていても不思議ではない。となるとガリューが起きているときに来るしかないな。


 未だに高いびきが聞こえるガリュー。それを苦笑を浮かべながら眺めているとコリンが奥から湯気だった飲み物を持ってきてくれる。



「紅茶を入れましたので飲んでいってください。ガリューさんをありがとうございました」



 頭を下げるコリン。それを見てモロゾフは本当によくできた子だと感心する。


 そして、出された紅茶に口を付けると花のいい香りがモロゾフを包み込んだようなそんな感覚に襲われる。そして、口いっぱいに広がる優しい味……これは酒を飲み過ぎたときにちょうどいいかもしれない。



「うん、うまい」



 そういうとコリンはうれしそうに微笑んだ。



「よかったです。ガリューさんに合うように入れてますから他の方に合うか心配だったんですよ」

「これならそれで店が開けそうなくらいだ。ガリューのとこなんかで働かないでそうしたらどうだ? ガリューにはもったいないくらいだ」



 ここまでいい子を捕まえたガリューへの嫉妬も含まれていたかもしれない。しかし、それ以上にこの子がここで働く意味がないように感じたからだ。



「いえ、ガリューさんはお金が必要だった私を何も言わずに雇ってくれましたから。それだけで私は十分すぎるくらいです」



 本当にうれしそうに話すコリンを見ているとこれ以上何かをいうのは野暮だと感じる。



「わかった。コリンちゃんがそこまで言うならこれ以上何も言わん。紅茶おいしかったよ。次はこいつが起きているときに来る!」



 それだけいうとモロゾフは席を立ち、ゴオゴオといびきをかくガリューに呆れながら鍛冶屋を出て行った。




 翌日の昼、モロゾフは仕事を休み、ガリューの店へとやってくる。しかし、お店にはコリンの姿しかなかった。



「その様子だとガリューは……?」

「あはははっ……、たぶん想像通りです」



 乾いた笑みを浮かべるコリン。想像通りということは未だにガリューは寝ているのだろうと辺りをつけたモロゾフは思わずため息を吐いた。



「奥の部屋だな!?」

「あっ、はい、そうですけど……」

「起こしてくる!」



 モロゾフは大足で奥の部屋へ向かっていく。




「ガリュー、俺だ! 入るぞ!」



 乱雑に扉を叩き、中に入るモロゾフ。そこで目にしたのは相も変わらず高いびきをかくガリューの姿だった。


 モロゾフは呆れながらもガリューが寝るベッドに近づいていき、その頭を小突く。



「いてっ!?」



 突然受けた強い衝撃にガリューは飛び起きると周りを見渡す。そして、モロゾフを見つける。



「何すんだ、モロゾフ!」



 喧嘩腰に怒鳴りつけてくるガリュー。



「お前がいつまでたっても起きてこないからだろ! コリンちゃんはもう店を開いてるぞ!」



 それを聞いてガリューは目が点になる。



「えっと……、今何時だ?」

「もうすぐ昼だ!」



 それを聞いたガリューは少し固まったあと、急に慌て出す。



「し、しまった、寝過ごした! お前との話もあとだ! 俺は仕事に出る」



 それだけ言うとガリューは店の方へ向かっていこうとするが、それをモロゾフが呼び止める。



「ちょっと待て! お前の倉庫、見せてもらいたいのだが?」

「お前なら勝手に見てくれ」



 モロゾフの方にも向かずにガリューはそのまま慌てて飛び出していった。




 許可をもらったモロゾフは早速倉庫の方へと向かっていった。


 外観はいたって普通の木造の倉庫だ。

 ただ、あの噂の王宮建築家が作った倉庫だ。きっと見た目通りのものではないのだろう。


 怯え半分、期待半分で扉を開いてみる。


 もしかすると扉を開けた瞬間に雪崩のように物が出てくるかもしれないと扉を開けた瞬間にサッと横に避ける。しかし、物が出てくる気配はない。



(まぁあのしっかりとしたコリンちゃんが片付けてるならそんなこと起こるはずないな)



 首を何度か縦に振り、納得できたモロゾフは中を見てさらに驚かさせる。



(確かにこれはすごいな。ただの倉庫とは思えない広さだ。しかも無駄と呼べるような空間がない。徹底的に使うもののことを考えて作っているのだろう)



 それを見た瞬間、もしかしたらこれを作った人なら俺の悩みを解決してくれるかもしれないと思い、いてもたってもいられずにガリューに礼だけいうとその足で王城を目指した。

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