第20話 古く悪臭のする召使いの館⑦

「最後はキッチンに行きましょうか?」



 ここまでくるとどれほどのものが付けられているのか、口には出さなくても期待を隠せていなかった。しかし、今までが凄かった分、予算がなくなってよくないものという可能性も捨てきれない。



「ここです」



 研吾が開いた扉の先、そこに置かれているものの価値がわかる者には眩しくて直視出来ないほどのものだった。



「えっ、これって……。うそ……」



 マリカが口に手を当てて驚く。夢じゃないかとまじまじとキッチンを見ていた。



「どうしたんだ? 確かに綺麗なものだが……」



 どちらかといえばキッチンをあまり使わない男の人たちは不思議そうだった。



「これっ、最新式のキッチンですよね!?」



 マリカは研吾に詰め寄って聞いてくる。大人しい、知らない人には話しかけられない性格のマリカがこうも人に詰め寄ることは他の人たちには驚きだったようだ。


 しかし、彼女が召使いとして主にしている仕事は調理場の手伝い。こういったものはよく見る機会があるのだろう。更に料理をするのが趣味で進んで料理番をするほどだった。



「えっ、はい。そうですよ」



 研吾はまさかここまで反応されるとは思わずに少し後ずさりながらも笑顔を崩さずに言う。



「さ、触っても……」

「えぇ、皆様のものですから」



 研吾のその言葉を聞くと今にも頬擦りしそうなくらい近づき、恍惚の表情を浮かべていた。それを周りの人は引いていたが御構いなしに……。


 まぁ喜び方も人それぞれかなとついに頬を擦り始めたマリカを見て見ぬ振りをする。

 一通り説明を終えた後玄関へと戻ってくる。



「ようやく完成したのか。一体どんな建物になったんだ?」



 玄関でギルギッシュと会う。国からお金を出してる以上どういった建物ができたのか見に来たのかもしれない。



「せっかくですからギルギッシュさんも中を見ていきますか?」



 研吾も一度見てもらっておいたほうがいいと判断したのだろう。ギルギッシュを館の中へ案内する。



「あの……お茶を準備しましょうか?」



 マリカがオドオドしながら聞いてくる。



「そこまで必要ないよ。それにまだ何も置いてないからね」

「いえ、持ってます!」



 マリカはポケットに入っていたお茶っ葉を見せてくる。それを見た研吾は少々苦笑い気味だった。



「私も手伝おうか?」



 ミルファーが小さく手を挙げる。でも、マリカは首を横に振る。



「私一人で大丈夫!」



 それだけ言うと小走りでキッチンへと向かっていく。その表情はどこか笑みがこぼれていた。そこまであのキッチンを使ってみたかったのだろうか? 残されたもの達はその様子にどこか苦笑を浮かべていた。




 大臣を館の中一通り案内したあと客間へとやってきた。するとタイミングよくマリカがお茶を持ってきて、それを置くとそそくさと部屋を出て行ってしまった。



「どうでしたか?」



 席に着くと早速研吾が大臣に確認する。



「……さすがと言わざるをえないですね。それほど予算が出せたわけじゃないのにこれほどのものを作り上げる。とても信じられません。予算が超えたということもないのですよね?」

「もちろんです。こちらが請求書になります」




 研吾がスッと静かに大臣の前に紙を置く。



『請求書』

 ギルギッシュ様

 工事費合計【金貨二十四枚】を請求させていただきます。

 詳細は以下をご確認ください。

 魔石導力式キッチン――金貨十三枚

 魔石導力式トイレ――金貨一枚×四個

 魔石導力式シャワー――銀貨四十枚×二つ

 魔石導力式浴槽――金貨五枚

 その他材料費金貨二枚

 人件費約金貨一枚

 その他雑費銀貨二十枚

 計――金貨二十四枚



 自分と相談しもってなんとか予算内に抑えたのだ。これを見て驚くことはあっても文句が出ることはないだろう。



「予算の件はわかった。私が出した条件も問題ないだろう。今後は本格的に国の依頼を任せていくと思う。よろしく頼むぞ」



 大臣は研吾の手を取り握手をしたあと、笑顔で王城へと戻っていった。それを見て研吾はどこか安心した表情を浮かべていた。



「お疲れ様でした」



 ミルファーはそんな研吾に優しい言葉をかける。すると本当に疲れたようでぐったりとソファーにもたれかかる。



「さすがにこういう場面はほとんど経験してないから疲れたよ」

「でも色んな依頼を受けてましたよね?」

「依頼はね。ただ、偉い——大臣みたいな人を相手にすることはなかったからね」



 こんなだらけた研吾は今まで見たことがない。よほど疲れたのだろう。そんな研吾を慈しむようにしばらくの間、ゆっくりとミルファーは頭を撫でていた。




 館が完成して初めての夜。ミルファーは他の召使いの人たちと大浴場の湯船に浸かっていた。



「ふぅ……気持ちいいね」

「うん……」



 ミリカと隣り合って浸かっていた。ゆっくりとこうして浸かるのは初めてで、それがあまりの気持ちよさで顔が緩み、全身の疲れが取れるようだった。


 しかし、こうして隣り合って入っていると自分とミリカの体を見比べてしまう。出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいるミリカ。それに比べて自分はあまり起伏のない体。



(きっと、ケンゴさんもミリカみたいな人のほうが好きだよね?)



 自分の胸元に手を当ててため息を吐く。

 すると、それを見ていたミリカがにやけ顏で話してくる。



「どうしたの? 胸に手なんか当てて」

「別になんでもないよ」



 しかし、ミリカはミルファーの背後に回り、胸に手を当ててくると、そのまま揉んでくる。



「大丈夫よ。小さいほうが好きっていう殿方もいるのだし」

「えっ、殿方!?」

「ここの建築をしてくれた人だよね。ミルちゃんの好きな人」

「な、な、何言ってるの! ケンゴさんはそんなのじゃないよ。た、ただの……、そう、ただのご主人様だよ!」



 そう言いながらもミルファーの動揺は隠しきれてなくて、それが答えだと言っているようだった。



「うん、わかってるよ」



 そう言いながらも揉むのをやめない。



「もう、やめてよ。ミリカ」



 必死に抵抗しようとするもミリカだけじゃなく、他の人も近づいてきて周りを囲んでしまったことで逃げ場を失い、なすがままにされてしまう。




 みんなにお風呂で弄られたミルファーは少しのぼせながらも自室のベッドで横になって先ほど話していた研吾のことを思い返していた。



(あの時は恥ずかしさのあまり否定したけど、もしかして私、ケンゴさんのこと好き……なのかな?)



 図面が完成して二人抱き合って喜んだ時も恥ずかしくて叫んでしまったが、半分ほど嬉しさもあった。

 目を閉じると研吾の笑顔を思い浮かべてしまい、枕に顔を押し付けて必死に悶える。そして、足をバタつかせ自分を落ち着ける。


 こんな姿、二人部屋の時は絶対見せられなかった。


 その点は感謝している。研吾がいなかったらこの館は一生あのままだっただろう。今にして思えばよくあれだけひどい環境で過ごしてこれたと思う。

 この際、自分の感情は抜きにしてもう一度研吾にお礼が言いたかった。



(うん、私の感情は抜きにして……)



「ケンゴさんに会いたいなぁ……」



 ミルファーがポツリと呟いたその一言は厚くなった壁に阻まれ、他の人に聞かれることはなかった。

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