第19話 古く悪臭のする召使いの館⑥
他の工事も終わり、いよいよお披露目となった。召使いの人みんなに集まってもらった。
「すごく綺麗になってるね」
召使いの一人、ミルファーと近い年の少女のリナが声をかけてくる。その目はどこか恍惚としていた。
リナの声を皮切りに皆が皆、思い思いの感想を言い出す。さすがに十人以上となるとそれらは研吾の言葉を隠してしまうほどの騒音だった。
「これから説明しますので!」
研吾とミルファー、バルドールで何とか宥めようとするが静かになったのはそれから数分経ってからだった。
「それじゃあ早速内部を見ていきましょうか」
そういうと研吾は玄関の扉を開く。ゆっくりと開いていくそれは皆の期待を煽るのに一役買っていた。
まるで宝石が入った宝箱のように……。
まるで汗水垂らして稼いだ初めての給金のように……。
みなが思い思いの期待を持ちながら息を飲む。そして、少し開いた隙間からなんとか中を見ようとにじり寄って目を凝らしていた。何度か見たことのあるミルファーですらこの瞬間には心臓の鼓動が早くなり、爆発しそうだった。大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着け、みなと同じようにジッと研吾が扉を開くのを待つ。
そして、開いた扉の先には暖かい光とどこか安らぎを感じられる木製フロアが張られた広々とした玄関が目に飛び込んできた。
みんな驚いてくれただろうとミルファーは周りの人の顔色を伺う。すると、どこか怯えたような顔を浮かべた少女——マリカが小さく手を上げて聞く。
「あの……もしかしてここって別の方の家になるのですか?」
マリカは小さく消えそうな声で言う。それを聞いた他の召使いの人たちも不安げな顔を見せる。
今までの酷かった現状を考えるとそう思っても仕方ないだろう。
研吾のその返答は予想していなかったようで驚いていた。しかし、すぐに気持ちを切り替え、笑顔で言う。
「いえ、ここはこれからみなさんに住んでもらう館になりますよ」
それを聞いて安心した表情に戻る。
「それでは気を取り直して中を見て行きましょう」
そういうと研吾は玄関で靴を脱ぎ、すぐそばに置かれた靴箱にそれをしまう。靴をしまう風習がないこの世界だが、ミルファーも研吾の後に続き、さらにバルドールも同じようにしていたことで召使いたちも靴を脱いで中に入っていく。
まず初めに一番玄関に近い客間から案内する。
「ここは客間です」
小さなテーブルとソファーが二つ置かれた部屋。ソファーはもともとあったボロボロのものを直して使い、テーブルは新しく作ったものだ。
「そうか、それじゃあこの部屋は誰と誰が使う?」
客間と言ってるのに男の召使い——ユースタッドは部屋割りを決め始めた。しかし、それでもこの部屋に住みたいという者が多く、みんな手をあげていた。
「ちょっ、ちょっと待って! この部屋は客間だから私たちの部屋じゃないよ!」
すぐに部屋が決まってしまうのではと慌てたミルファーは決まってしまう前に口を出す。
「そうですよ。ここはお客さんが来た時の客間ですから。今回の条件でたまにお客さんが来るかもしれないので準備させていただきました。皆さんの部屋へは後から案内させていただきますね」
研吾は微笑みながら言う。
「では次は居間に案内させてもらいますね」
研吾は廊下を進んで行った先の扉に手をかける。この部屋もナチュラルウッドの柔らかい雰囲気を存分に出していた。
そして、部屋の中央に置かれた大きなテーブル。
「あれっ、これってどこかで見たことあるかも……」
さすがにこれだけ人がいると気付く人も出て来るんだ……。思わずミルファーは感心してしまう。
「そうですね。これは元々はこの建物に使われていた構造材です。そのまま捨てるのはもったいないので再利用させていただきました」
研吾がそういうと皆感心したようにテーブルを触りだす。それから壁を触ったり、床を触ったりと思い思いの行動を開始する。
「他にも再利用させてもらったものがありますから探してみるのも一興かもしれませんね」
研吾のその一言で召使いの人たちは行動を始める。まるで無邪気な子どものように置かれているものをじっくりと調べていく。
「あっ、この椅子って私たちの部屋の壁だ! ほらっ、ミルちゃん。ここ、私たちの名前と線が入ってるよ。昔、背丈を比べた時のやつだよ」
それはミルファーも言われて初めて気づいた。確か、自分がこの館に来て泣きそうで夜も寝られなかった時話しかけてくれたミリナ。同じくらいの年なのに元気に励ましてくれてそれがミルファーには嬉しかった。
そしてふとした時、「ミルファーとミリナは姉妹みたいだね。背丈も似通ってるし」と言われたときお互いが自分の方が背は高いと言い張って比べるために壁に線を入れたんだった。今ではミリナの背丈はミルファーよりはるかに高くスタイルも良くなっていたが。
優しい目つきでその椅子の線を撫でながら昔の思い出に耽る。そして、知らず知らずのうちに目から涙が溢れ始めた。
「あっ……」
何度涙を拭っても流れ出す。目をこすった時目に映ったのは研吾のにやけた顔だった。
たまに自分がいない時に隠れて何かしているなとは思っていたけど、こんな嬉しいことをしていたなんて……。
ミルファーは涙目ながら研吾に微笑みかける。すると、研吾も嬉しそうに鼻頭をこすっていた。
次に一階の水回りが残っていたけど、それより先に個室へ案内するようだった。設備への要望が多かったので驚かそうという腹なのだろう。
今までなかった階段に驚きながらも二階へ上がっていく。召使いたちの顔は次は何を見せてもらえるのだろうと期待でいっぱいだった。
でも、研吾は二階へは廊下までしか案内しない。
そこで立ち止まった研吾を不思議に思う召使いたち。
「ここは皆さんの個室です。人数分以上にありますので好きなところを選んでください」
奥の部屋を隠すように立つ研吾。召使いの人たちもその扉には気づいていないようでどの部屋にするかの相談を始めていた。
「ミルちゃん、どこにする?」
ミリナが相談してくる。その顔は早く決めて中を見てみたいといったようだった。
「私はミリナちゃんの隣にするよ」
悩むことなくそういう。そして、長い相談の結果ようやく部屋が決まる。
扉に取り外しができるネームプレートを付け、扉を開ける。家財道具が置かれ、少し狭く感じる部屋だが、それでも広さは十分だった。ロフト方式でベッドと机が一体になっているし、タンスも小さく動かせる。一人で使うには十分余裕があった。
「嘘だろ! これが俺の部屋か!?」
他の部屋から驚きの声が上がる。個室というだけで驚きなのに、これだけちゃんとした部屋だと思っていなかったのだろう。男の人の声に続くように他の部屋からも声があがる。
「ミルちゃん、部屋凄いよ!」
興奮気味にミリナがミルファーの部屋にやってくる。
「うん、本当に凄いよね」
ミルファーもはじめ見た時に驚いていた。それと同じことだろう。
「でもここまでしてたら相当お金がかかってるよね。まだ見てないところはやっぱりそれなりなのかな?」
確かに研吾みたいに全て自分で作らずに家具屋さんとかを呼んでいたら相当なお金がかかっていた。実際、この館を建築する時に英行に来ていた。
値段を聞いて研吾は自分たちで作ることを決めたようだが、この家具のアイデアで儲けようという意思はないようで、最後に「同じものを店で扱っていいか」という図々しいお願いも承諾していた。
どうしてかと聞いてみると「俺たちは家具屋じゃないからね。こういう複数の人にみせることになる館のものはどこで買ったのかとか絶対に聞かれるから売ってないとわかるとじゃあ作ってくれと言われるんだよ。なら同じものが家具屋さんにも売っていると言える方が俺たちにも、見にくる人にもいいんだよ」と笑顔で返してきた。
それでもアイデア料位貰えばいいのにと思うミルファーだが、お金を取らないあたり研吾らしいと感じてもいた。
「それじゃあ次はお風呂に行きましょうか?」
研吾のその一言でまた召使いの人たちが集まる。すでに満足げな表情を浮かべていたが思い出したかのように顔に緊張が走る。
今まではシャワーしかなかったのだ。またシャワーしかないのならシャワー室に行くと言うはず。お風呂に行くということは浴槽が付いているということなのかも……と期待してるのだろう。実際はそれ以上のものが付いている。きっと驚くだろうな。
再び一階に戻ってきてリビングの更に奥の扉を開ける。そこはそれなりの広さを持った脱衣場となっていた。
「広いね……」
誰かが呟く。確かに並みの浴槽でもこれほどの広さは要らないだろう。
そして、更に奥の扉を研吾が開く。数人で入っても余裕がある大浴場。今までの酷い臭いがしていたシャワー室とは打って変わり清潔感漂う白を基調としたそれは更に召使いの人たちを驚かせた。しかし、驚きすぎて言葉が尽きてしまったようで、ただただ金魚のように口をパクパク開けていた。
「でも、お風呂は一ヶ所しか取れなかったから男女で入る時間を分けてくださいね」
研吾の心配事。どうしても費用の関係上一ヶ所にしか設けられなかった浴槽。しかし、それを気にしてる人は誰もいなかった。
「今までもそうだったから気にしないよ」
ミリナが言うと周りから賛同の声があがる。それを聞いて研吾はホッとした様子だった。
「次は便所に行きますね」
便所にやってきた。でも、ここはあまり説明することはないのか、研吾から何か言うことはなかった。しかし、そんな研吾とは裏腹に召使いたちは一様に喜んでいた。
まずはお風呂と同じように臭いがしなくなったこと。
男女が別々に別れたこと。
汚い部屋だったものが非常に落ち着く木質フロアと白いクロスの空間に変わったこと。
そして、今まではしゃがんでする——形は違ったがいわゆる和式便器だったがそれが便座が付いた洋式の……それも相当新しいものが取り付けられていた。
「うぉっ、なんだこれ!?」
「すごい……」
皆から感嘆の声があがる。思っていた以上の反応に研吾は少し苦笑を浮かべていたが——。
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