第18話 古く悪臭のする召使いの館⑤
工事は順調に進んでいった。数日が過ぎた頃にはほとんど一階部分の建築が終わってるほどだ。これも、研吾とミルファーがどこかぎこちない態度だったのがなくなったのも理由の一つかもしれない。
「ミルファー、そこは細かい作業だから気をつけてね」
「うん、わかったよ。その次はどこすればいい?」
「それが終わったら少し休んでいいよ」
二人仲良く話していると材料を取りに来たバルドールが呆れ顔で話しかけてくる。
「やっぱり仲良いな」
「そ、そんなことないですよ……あっ」
魔法を使っていたので思わずバルドールの言葉に反応した結果、加工を失敗してしまう。
「ごめんなさい……」
「大丈夫だよ。次は気をつけてね」
「はい……」
少し落ち込んだあと作業に戻る。
そこからさらに数日かけ、ようやく建物が形になってきた。まだ木面が見えているけど、外壁ができ部屋もおおよそ形になってきた。
「だいぶ出来てきましたね」
「そうだね。あとは内装だけだね」
その前に研吾とミルファーで図面通りに出来ているか確認していた。バルドールも誘ったのだけど、今日はどうしても外せない用事があったらしい。
今日は念のために確認作業だけで割り当てていたので、バルドールがいなくてもすすめられる。
「リビング、広いですね」
「そうだよ。やっぱり十二人が生活するわけだからね。それなりの広さは必要かなと」
それにまだものも置いていないので余計に広いのだろうなとミルファーは思う。
(これなら大きなテーブルを置いて、椅子も置いて……みんなで一緒にごはんすることが出来るかも……)
「あとは部屋の壁紙と設備関係だからね。他の部屋も見てみる?」
「うん!」
ミルファーは元気よく返事をする。それを見た研吾は少し苦笑いを浮かべており、どことなく恥ずかしさを感じ、照れを隠すために研吾から視線をそらした。
次に二階に上がってきた。そこは召使いたちの個室が広がっていた。
「開けていいよ」
中を見るのが楽しみでそわそわしているのに気づいたのか、研吾が笑顔で扉を開けてくれる。するとそこはおよそ六畳くらいの部屋で窓も一つつけられており、部屋の中は太陽の柔らかい光が広がっていた。
「すごい……」
こうしてまともに見たのは初めてだったミルファーは新しい自分の部屋に感動して、言葉少なに見ほれていた。
「まだここに物を置いたりするから実際はもっと狭く感じるかもね」
「それでもすごい……。今まで二人部屋だったんだから……」
「一応他の部屋も確認しておこうか」
研吾と二人、二階の個室を確認していく。そして、最後の二部屋になり扉を開けたとき、問題が発生する。
「あれっ? ここの部屋、つながってませんか?」
二部屋のはずが残り二つの部屋だけ間を仕切るはずの壁がなく大きな一部屋になっていた。
「あれっ!? どうして?」
研吾は少し困惑しながら図面を見返していた。しかし、その図面にはちゃんと十二部屋、すべてが書かれていた。
「もしかして作ってるときに間違えたとか?」
ミルファーが呟いたその言葉に研吾はハッとなった。
「確かにそれしか考えられないよね。でもどうしよう……。これは直さないといけないし」
手を頭に当てて考える研吾。その顔は少し険しい。それを見る限りここの部分を直すのは難しいようだ。でも――。
「魔法で木材をくっつけて壁にしましょうか?」
研吾みたいに仕口を加工して家を作る方法もあるが、それは細かい作業もあるためどちらかといえば少数派だった。それ以外の人は魔法を使っていた。
「魔法ってどう使うの?」
藁にもすがる思いでミルファーを見る研吾。
「試す?」
そう聞くと研吾は首を縦に振っていた。
さすがにミルファーと研吾では木材を運ぶことができないので今日のところは帰ることになった。壁を直すのは明日になるだろう。
翌日、木材をバルドールに運んでもらい、繋がっていた二階の個室へとやってきた。
「それじゃあ使うよ」
木材に手を当てて目を閉じて願う。すると、手から黄色の光が迸り、木材を覆っていく。
「バルドールさん、お願いできますか?」
「おう、任せろ!」
光に包まれた木材をバルドールが壁の位置に運んでいく。そして、間仕切りの場所に並べていった。
「これで完成だよ」
ミルファーは無事に出来たことを満足げに眺めたあと研吾の方に向きそう言い放つ。
そこには他の部屋となんら変わりない壁が存在していた。
「これってどうやったの?」
「魔法でくっつけたのですよ」
しかし、それだけの説明ではよく理解できてないみたいなのでミルファーはさらに補足を加える。
「木材の接着部分に魔法で接着性のある液体を生み出してつけたんだよ。見た目ではわからないし、接着性は凄まじいからね」
それを聞いた研吾は接着部分をよく眺める。見るだけではわからないので顔を近づけて何かついているかと指で触ってみる。すると、そこだけやけに滑りの悪い場所があった。
「これが?」
「そうですよ」
それから研吾は壁を押したり、叩いたりしてみたが普通の壁との違いがわからなかった。
「思いっきり叩いていい?」
「大丈夫ですよ」
研吾は力一杯壁を叩くが壊れる気配はなかった。
「すごいなぁ……。こんな技術があるならもっと早く言ってよ」
「いえ、この方法で作るとどうしても魔法体力が弱くなるんですよ。魔法に弱い接着法ですので。ケンゴさんもそれを見越して居間までこの方法を使わなかったのですよね」
期待のこもった眼差しで研吾を見つめる。すると研吾は一瞬固まった後、頭を掻きながら乾いた笑みを浮かべていた。
「そ、そうだよ……。よく分かったね」
「さすがにわかりますよ。あれだけ細かい図面を書かれていますからね」
なんとかミスの部分を直し終わったあと、研吾たちは設備屋が来るのを今か今かと待っていた。
「遅いね……」
約束していたのは今日の朝。しかし、居間の時間は既に昼前。明らかに遅れていた。
「も、もうすぐですよ」
設備を運んでくるのがどういった子か知っているミルファーは苦笑を浮かべながら道を眺めていた。すると、重そうに荷物を大量に抱えた小柄な少女がやってきた。
「お、お、おまたせしましたー。ミストリア設備から来ましたクーニャと言います。本日はよろしくお願いします」
少女の頭には大きな耳が二つ、鮮やかな金髪に隠れるようにして生えていた。また、おしりのほうにも同じ色のふさふさのしっぽがションボリと下を向いて生えていた。
「(ねぇ、ミルファー? あの子って獣人?)」
「(そうですよ。狐の獣人です)」
「(でも顔は普通の人間なんだね?)」
「(獣人とはそういうものですよ?)」
研吾は納得したようで首を縦に振って頷いていた。
「それでどうしてこんな時間になったの? 約束は朝だったよね?」
ミルファーは少し砕けた言葉で話し出す。
「聞いてよミーちゃん。実はお布団が、お布団だからダメだったんだよ」
しっぽを左右に振りながら必死に何かを訴えかけてくるクーニャだが、何を言っているかまったくわからなかった。研吾もキョトンとしている。
「落ち着いてよ。お布団がどうしたの?」
ミルファーは優しい言葉で宥めるように言う。するとクーニャは大きく深呼吸した後ゆっくりと話し出す。
「お布団が私を誘惑して出られなかったのー。原因は全てお布団のせいなの―」
完全に寝坊だった。ミルファーはクーニャに近づいて行き、軽く頭を小突く。
「いたいのー」
「それより早くお願いね」
「わかったよー」
少し涙目ながら大きな荷物を運んでいく。
「あっ、俺も持とうか?」
さすがに小柄な少女が荷物を運んでいくのを見ていられなかったのか研吾が手伝いを申し出る。
「さすがに持てないと思うよー」
クーニャに窘められるが、それが研吾の目に火をつけた。
「大丈夫だ……よ?」
クーニャから奪うように荷物を取ろうとした研吾は、しかし、その荷物を持てなかった。何度も何度も持ち上げようとして顔が真っ赤になっていた。
「ケンゴさん、獣人の子はみんな身体能力が高いんですよ」
ミルファーがこっそりと教えてくれる。すると、研吾は力が抜けたようでその場にフラフラと座り込んでしまう。
「それならもっと早く言ってよ」
結局荷物はクーニャが運んでいくことになった。そして、建設途中の館に着くと早速設備の取り付けにかかってくれる。
「ふーふーふーん……」
クーニャは鼻歌交じりにまずはお風呂を作り上げていく。大きな浴槽とシャワーを取り付けていく。その手際は色々な現場を見たことのある研吾から見ても相当いいようで思わず感嘆の声をあげていた。
「すごいね。こんなに早く組みあがるの俺、見たことないよ」
「そうでしょー。こう見えても優秀なんですよー」
クーニャは嬉しそうにさらに速度を上げていき——。
「あっ」
早速失敗していた。
「ケンゴさん、クーニャは褒めると調子に乗るのでダメですよ」
ミルファーも苦笑いしながらその様子を眺めていた。
「そうみたいだね。気をつけるよ」
研吾も納得したようで乾いた笑みを浮かべていた。
それから一日でお風呂を完成させてしまった。
「明日はトイレとキッチンをしますね」
クーニャは嬉しそうに手を振りながら帰っていった。
「まさか一人で組み立てから接続までやってしまうとは思わなかったよ」
「接続といっても魔石だから入れるだけなんだけどね。排水もその魔石で浄化してくれるからただの水を外に流すだけだからね。それで外が汚れることもないし……」
「なんでもできる魔法ってすごいよね」
素直に感心する研吾。しかし、ミルファーは渋い顔つきで答える。
「そんなことないですよ。やっぱりこれほどの魔法となるとそれなりに教養がある人しか使えませんし、魔石も結構な値段してましたでしょう?」
「そういえば結構高かったね」
「石に魔法を込められる人が少ないからですよ」
「ミルファーはできないの?」
「私はできませんよ」
「そっかー……」
しばらく無言の時間が流れる。もしかすると研吾は自分に魔石を作るように頼もうかと考えていたのかもしれない。
次の日もクーニャは遅れてやってきた。さすがに二日続けてとなると研吾も相当呆れていたようだが仕事はちゃんとしていってくれた。
「すごいでしょー」
クーニャは偉そうに胸を張っていた。しかし、起伏のないその体――見ていて滑稽以外の何物でもなかった。
「あー、すごいすごーい」
ミルファーも適当に相手をしていた。こういったことはよくあるのかもしれない。でもクーニャはそれで機嫌をよくしたようでスキップ混じりに戻っていった。
「終わったあとは適当にあしらってくださいね。何も言わないと長い自慢話が始まるから」
それを聞いて研吾は驚きの表情を見せていた。
「ここまで進んだらあともう少しだね」
研吾は完成間際の館を眺めて呟く。その隣でミルファーも館を見上げる。最初は無茶だと思っていたみんなの要望。それを最大限かなえてくれて本当にすごいと感じていた。
「もう一息だから頑張ろう」
「うん!!」
更に気合いを入れていく。そして、数日たった……。
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