第13話 魔法で大穴の開いた家⑤
「こうやってこの訓練場は作ったんですよ」
研吾の話を聞く限りこの壁を生み出すのに色々な苦労があったのだとわかる。様々な実験の結果、今のアンドリューの魔法を防げる壁になったわけだから。
「あのあの、それであそこにある扉って何ですか?」
メルモが部屋の隅にある扉を指差す。
「開けてみてください」
アンドリューたちを驚かせようとしてるのか、研吾自身が開けるということはしなかった。
アンドリューたちはお互いの顔を見合わせると、メルモが頷き扉の前に立つ。そして、数秒呼吸を整えたあと扉を開く。すると、そこは玄関のすぐ隣だった。ここの扉を開けたら外部から直接訓練場に入れるのだろう。
しかし、扉はそこだけではなかった。
もう二ヶ所あった。そのうちの一つはメルモが開けたすぐそば——先ほどは南側の壁だったが、今度は東側……、自宅側の壁についている扉の前に立つ。
ここを開けるのに少しの不安とこの先生なら想像を絶するものを作り上げてくれるのではという期待から心臓の鼓動が爆発しそうなくらい早くなる。
緊張の面持ちでゆっくりと扉に手をかける。
唾を飲み、目を軽く閉じて深呼吸をする。そして、鼓動が落ち着いてきたところで手に力を込めて扉を開け放つ。
その部屋は清潔感漂う白を基調とした壁色の小部屋だった。ちょっとしたものが置けるように壁付け棚が幾つか付いており、そして、部屋の奥にはもう一つ扉が付いていた。
訓練場の増築ばかりに目がいって図面の委細まで確認していなかったがこの部屋の組み合わせだともしかして……。
期待に胸躍り高まる心臓音を抑えつけるのに躍起になる。そして、奥の扉も開ける。すると奥の部屋も白を基調とした壁色。
しかしそれだけではなかった。少しツヤがあり、滑るような滑らかさを持った表面。これは防水粘着草をすり潰した防水液を薄く引き伸ばした時に出来るものだろう。そうすることでその部分は防水性をもって水に強くなる。浴槽などはこれを使う。
そして、何より目を引くのは壁に掛けられたシャワー――魔石をホース先の箱に入れることで水が出る画期的な設備だった。これを取り付けるだけで銀貨40枚はくだらない筈。信じられないものを見たかのようにアンドリューは研吾へと振り返る。
後ろではメルモも口に手を当てて驚いていた。
「これ、どうやって……。これだけのものをつけようとしならかなりお金がかかるんじゃ……」
「いえ、お金は予算内ですよ。ただわたしもこれを使うのは初めてで取付の時色々と戸惑いました」
そういうと研吾はシャワーを取り付けた時の状況を説明しようとする。
「け、ケンゴ様。まさかあの時のことを?」
話そうとしていた研吾を遮ったのは召使いのミルファーだった。彼女は自分の体を手で隠すように押さえ、顔を赤くしながら研吾に抗議している。
「だって、魔石を繋ぐときいきなり水が出るなんて思わなかったし……」
「それならわざわざ話すことないじゃないですか!? あんなこと――」
二人の会話を聞いただけでどのようなことが起こったかはだいたい想像が出来た。
おそらく、何も知らなかった研吾はミルファーの近くで魔石をシャワーに接続。接続したら試運転として何もしなくても一定量の水が出るのだ。それがミルファーにかかり頭から足まで全身をずぶ濡れにさせたのだろう。
そして、とりあえずシャワー室のことはこんな設備がつきました程度のことで説明が終わる。
「このシャワー室を使えば泥だらけで帰ってきたアンドリューさんもこちらで泥を落とすことが出来ますからね」
「確かに……。この訓練場は外から入れる。そして、シャワーを使えばメルモに迷惑をかけずにすむ」
「迷惑だなんて……」
少し困ったような表情を浮かべるメルモ。確かに泥を洗うのは大変だったけど、アンドリューのためならと思っていたらできた。それがこのように立派なものがついたことでもう廊下に泥がつかなくなる。でも自分のためにここまでいい物をつけてもらっていいものかと自問自答を繰り返していたからだろう。
「いや、メルモのためになるなら本当にありがたい」
アンドリューはメルモの手を取り二人見つめ合う。すると研吾が咳払いをしたので慌てて離れる。
「それじゃあ一旦訓練場に戻りましょうか?」
研吾のその一言で先ほどの部屋に戻っていく。
再び訓練場に戻ってきてからアンドリューは心配になったことを研吾に聞く。
「それにしても本当にこれだけのことをしてもらって値段があれだけで納まったのですか?」
「はい。どうしても心配なら先ほどの請求書。その二枚目をご覧ください。そこに詳細が書かれていますので」
研吾に言われるがまま先ほど受け取った紙を見る。
『詳細』
魔吸石×五十個。銀貨五十枚
粘着草×十本。銀貨五枚
防水粘着草×一本。銀貨一枚
水の魔石×一個。銀貨二十枚
シャワーセット一式。銀貨二十枚
人件費銀貨六十枚
その他雑費銀貨一枚
計:金貨一枚、銀貨五十七枚
確かにそこにはかかった値段が事細かに書かれていた。しかしどれも原価なんじゃないだろうか? 本当ならもっと上乗せするんじゃないのか、と感じる。
「確かに書かれていますけど、本当にこの値段でいいのですか?」
「はい、もちろんですよ」
「だって、ここに書かれているのってほとんど原価……」
「いえ、ちゃんと私達が動いた分も入っています」
人件費の所を指さし研吾が微笑む。
それを見たアンドリューは感謝のあまり言葉も出なかった。
「先生、本当にありがとうございました!」
一通り説明してもらったアンドリューたちは研吾に頭を下げる。
家を直してもらってからアンドリューの訓練にも力が入る。ここでなら多少無茶をしたところでよそ様の心配をすることがない。自分の身だけを心配すればいいので思い切って全力を出すことができる。
そんな彼の姿を見てメルモはどこかうれしそうだった。困りごとだった訓練後の心配もなくなり、よりいっそうアンドリューと幸せな生活を過ごしていた。
「旅行行ってから何かいいことでもあったのか? 前にも増して気合い十分だな」
場内の訓練場で訓練をしていたときにソルダートから声をかけられる。いつも通りのつもりがどこか気合いが入っていたのだろう。
「実は家の壁を魔法で壊してしまいまして――」
「それは大変じゃないか? もう直したのか?」
ソルダートが目を見開いて確認してくる。
「はい。今王国で募集している建築依頼というのに出してみました」
「あぁ、あれな。実際申し込んでいるやつはかなり少ないがどうだった?」
ソルダートも興味があるようで少しアンドリューに近づいてくる。
「すごいですよ。値段は格安でできはいいですから」
アンドリューが興奮気味に答えるとソルダートはあごに手を添えて何から考える仕草をとっていた。これは宣伝のチャンスかと考えアンドリューは尋ねてみる。
「もしよかったらうちの増築箇所見てみますか? 本当にすごいですよ」
「いいのか?」
「えぇ。それでせっかくですから家内の食事をとっていってください。おいしいですから」
「そうか……、それなら一度寄せてもらおう」
「はい、おまちしております」
あれだけすごい物、自分一人で使うのももったいない気がしていたアンドリューはソルダートが来てくれることに喜び声が弾んでいた
それから数日後、ソルダートが訪ねてくる日になった。先に家に戻り、今か今かとその時間を待っていた。
「あなた、少しは落ち着いてください」
メルモから注意されるが彼女も兵士長ほどの人が来るとなって緊張で手足が震えていた。どこか顔色も悪い気がする。
「大丈夫だよ。兵士長は悪い人じゃないから」
メルモに言い聞かせるとともに自分もその言葉で鼓舞をする。ここまで揃えたら失礼はないはず。ただゆっくりと時間が過ぎていく。そして、ようやくソルダートがやってくる。
「失礼する。アンドリュー殿から誘われたソルダートと言うものだが……」
「あっ、はい! 今行きます!」
アンドリューは足早にソルダートの元へと向かう。
「まずは増築した部分というもを見せてもらっても」
「はい、こちらになります」
アンドリューは外部から訓練場へと向かう。そして、扉を開けた瞬間、ソルダートの顔は驚きの色に染まった。
「これは……魔吸石か? 凄いな、これは。薄く延ばすことによって対魔力とお金を押さえているのか?」
壁に手を当ててぶつぶつと独り言をいうソルダート。
「わかるのですか?」
「あ、あぁ。そういえばいってなかったな。私はこういった珍しい建物を見るのが好きなんだ。王国がわざわざ依頼を受け付けるほどの人物が作った建物。それだけで興味がそそられる」
それだけ告げるとソルダートは再び建物の鑑賞にはいる。「ほぉ……」とか「これは!?」とか感嘆の声が何度も上がるのを聞きアンドリューは嬉しく思う。
実際に作ったのは研吾だが、まるでそれを依頼した自分が褒められてるようでもあったからだ。
そして、一頻り見終わった後満足げに幾分か肌色がつやつやとしたソルダートがリビングへとやってくる。
「いやー、凄い建物だな。正直俺だとあんな手法は思いつかない。どうしても魔吸石はそれ一つで使うものだからな。砕いて使えるかなんて試そうともしなかったな。それにもう一つのシャワールーム。あれだけのものを作ろうとしたら相当値段がかかったんじゃないのか?」
「いえ、それが本当に格安だったんですよ」
アンドリューはそう言いながらソルダートに請求書を見せる。それを見て再度ソルダートは驚いた。
「まさかこれは!? こんな値段あり得ないだろう!?」
「私もそう思って聞いたのですよ。でもこれで合ってるそうなのです」
何度も食い入るように見つめる。そこに書かれていた文字は嘘偽りがないように見える。アンドリューが自分を騙す理由もない。ならどうやって?
「凄いですよね。私、本当に感心してしまいまして……」
アンドリューたちは席に着きメルモの作ってくれた料理に舌鼓をうっていた。
「確かにここまでできるのは凄いな。いったいどこから連れてきたのだろう」
ソルダートも同じようにどこがすごかったとか感想を言い合う。
「我々にない考え方だな」
そう言いながらソルダートは倉庫の方を眺めるのだった。
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