第5話 収納の少ない家屋③
そして数日後の夕暮れどきに倉庫は完成する。
ガリューは目の前にある倉庫を見上げて満足げに笑みを浮かべていた。
さて早速中に入らせてもらう。
「うおっ、結構広いな。これだけあれば結構な量のものが置けそうだ!」
倉庫は木造二階建てだった。一階、二階共に八畳ほどの収納部屋が設けてありそれだけの部屋があれば今ガリューの家で散らかっている売れ残りの商品たちもここにしまえるだろう。そうなると新しいものを作ることも……。
ガリューの口は少しにやけていた。
しかし、研吾は中に入ってからどうにも渋い顔をしていた。まるで何か気に入らないところがあるかのように。
「いえ、これはまだ完成ではありませんので」
研吾のこの一言はガリューはおろか、ミルファーやバルドールすらも驚かせた。
この日の夜、ガリューは気持ちが沈んだままいつもの酒場へとやってきた。するとカウンター席には顔なじみの姿があった。
「おう、どうしたガリュー。えらく元気がねぇが」
ガリューより少し下なだけの歳なのに背丈は子供のような毛むくじゃらなその男の名はモロゾフ。この男も酒場の常連客でふとしたときに話し合ったらやけに意気投合してしまってそれ以来旧知の仲だった。
「なんでもねぇよ」
少し口を尖らせたガリューは嫌なことを忘れるかのように出されたエールをグッと一気に飲み干す。
「いい飲みっぷりだな。そういえばお前、あのチラシの依頼出したんだな。いいのできたのか?」
「どうでもいいだろ!」
ガリューはさらにエールを貰い、それも一気にあける。
「おいおい、ペースが速すぎるだろ! 大丈夫か?」
心配するモロゾフをよそにガリューは何度もエールを飲み、そのまま酔い潰れてしまう。
それから一日、また一日と日は過ぎていき数日たった。毎日来ては何かをしていたようだが失意のガリューは少しのスペースで鍛治をして気を紛らわしていた。
やはりあんな怪しい依頼に頼むんじゃなかったと思い始めたころ完成したという報告をうける。
一度はガックリときたのであまり期待せずに倉庫の前へとやってくる。
するとそこにはすでに研吾たち三人が集まっていた。
「ガリューさん、お待たせして申し訳ありません」
「えらく時間が掛かっていたが何かあったのか?」
口を尖らせていうガリューに研吾は乾いた笑みを浮かべていた。
「申し訳ありません。でも満足いただける結果になっていると思いますよ」
「それじゃあ早速見せてもらってもいいか?」
「はい、どうぞ」
そういうと研吾はまず一階の中を案内する。外見は以前と何も変わってないのであまり期待してなかったが中を見て驚いた。
「おい、何だあれは?」
いくつか気になっていたが、まずガリューが指さしたのは壁につけた木製の棚だった。
「物置棚ですよ。あそこに少しでも物が置けますよね。せっかく高い天井なのに高いところにはものが置けない、もったいない空間になってますよね」
研吾が言ってるのはもっともなことだった。普通の住居としてならそれでいいだろうが、物置として、それもできるだけ収納したいと言っていたからな。こうした気配りは嬉しい。
あまり期待してなかったガリューは気持ちを改め、次は何が出てくるのかと期待が膨らんできた。
「確かに……おける場所が増えるのは助かるな」
「ほかにも色々とありますよ」
今度は階段下へとやってきた。ここには意味深に扉がつけられていた。
「おい、階段下に扉なんかついてるぞ」
「はい、試しに開けてみてください」
一体何があるんだと扉を開ける。すると、階段の下にも物がしまえそうな空間が存在していた。
「だ、大丈夫なのか? 階段をこんなに薄くしたら落ちるんじゃないか?」
「いえ、平気ですよ。ただ、いきなりガリューさんが乗るのも怖いですよね。どうやらこの辺りの家では階段下の空間は使っていないようでしたので。バルドール、お願いできますか?」
「任せろ!」
研吾が指示を出すとバルドールが階段を登り始める。
「お、おいやめろ! 危ないぞ! 落ちるぞ!」
ヒヤヒヤとした様子で見ていたガリューだが、バルドールが半分登りきったところでついに見ていられなくなって目を閉じる。するとしばらくして上の方から声が聞こえる。
「おーい、この通り無事だぞー!」
「ふぅ……、でも危ないじゃないか」
「いえ、これは絶対に落ちませんよ。そのために色々と補強も行いました。バルドールとミルファーがあまりに心配するので何度も何度も実験を繰り返しました。そのため遅くなってしまって申し訳ありません」
研吾が謝ってくる。確かに時間はかかった。しかし、それも少しでも広い収納場所を確保するため、ガリューのためだった。そのことを聞いたガリューはあれだけ意気消沈していたのが嘘みたいに研吾のことを信じ出していた。
「ほ、他には何かないのか?」
「はい、では二階に上ってください」
期待を胸にあれだけ怖がっていた階段を恐る恐るだが上っていく。するとそこで目に入ったのは更にもう一階上がるためのはしごだった。
これは一体何のために使うものなんだ?
少し困惑しつつ研吾の顔を見る。すると研吾が教えてくれる。
「この階の上には小屋裏の収納庫があります。天井の高さはとれませんがちょっとした物を置くためになら使えますよ」
そういってはしごを上るように促す。
「うおー、こんな所にも収納がとれるのか!?」
再び驚きの声を上げるガリュー。その声を聞いた研吾は満足げに少し笑みをこぼしていた。
「も、もう荷物を入れても良いんだな?」
「えぇ、どうぞ。いえ、せっかくですから俺たちも手伝いますよ」
前のことがあったので念を押して確認すると研吾たちも手伝いを申し出てくれる。ガリューは本当は断るつもりだったがあまりの在庫の量にお言葉に甘えさせてもらうことにした。
「すまねーな。本当なら全部俺がしまわないといけないのに」
荷物を運びながら研吾にお礼を言う。
「いえ、本当ならすぐにでもしまえていたもの。俺が時間をかけすぎたみたいで申し訳ありません」
「そんなことな言っていったら嘘になるな。確かにあの時しまえないとわかって少し落ち込んだが今の倉庫を見させてもらったら先生に頼んで本当に良かったと思っている」
「先生?」
研吾は首を傾げる。
「あぁ、ここまでしてくれたんだ。あの収納の案を出したのは先生なんだろう? あれだけ立派にしてくれたんだ。俺にはこの呼び方しか思い浮かばねぇ」
ガリューに褒められて研吾はどことなく嬉しそうだった。この様子ならあの時の感覚を聞けるかもしれない。ガリューは満を持して聞いてみる。
「それで先生は何かに行き詰まっているのか?」
すると研吾は驚きその場に立ち止まる。
「どうしてそれを?」
研吾の顔は驚きの色に染まっていた。
「目を見ればわかる。先生の目は昔の俺の目だ。自分のしたいことが出来なくて苦悩している……な」
「……はい。実は俺……都市の計画に関わりたかったんですよ。でも前の場所だと出来なくて……それで……」
どこか悔しさをかみしめる研吾。しかし、そのつらさはガリューにもわかる。だからガリューはそっと研吾の背中を押すことにした。
「だからこの国に来たんだろう? 王国の依頼……あんなもの過去に出されたことがない。つまり、先生のために発令されたものだ。それとも今のこの状態が先生を苦しめてるのか?」
「いえ、今の状態は俺にとって感謝してもしきれない状態です」
「なら迷うな!」
ガリューは強めに言い放つ。その迫力に研吾は一歩後ろに後ずさった。
「これを続けたら夢が叶うんだろう! なら続けないとダメだ!」
ガリューはどこか自分の過去の境遇に当てはめていたのだろう。研吾の姿が自分に被って見えていた。研吾は研吾でものを運びながら真剣に考えている様子だった。まだ何か引っかかっているのだろう。それでも自分の言葉が少しでも響いてくれたのなら嬉しいなとガリューは思っていた。
そして、倉庫の中に荷物を置こうとしたときに研吾から指導が入る。どうも適当に置くだけじゃダメらしい。床に転がすだけだったガリューのしまい方――それが研吾の指導の下、使わないものは天井の収納庫に、頻繁に購入者が現れる剣や鎧といった品は一階のすぐにとれる場所に、槍などの場所をとる長物は棚上にしまった。そして全部のものがしまい終わったがそれでもまだスペースがあるほどだった。
「うお!? あれだけあった在庫品が全部しまえるとは!?」
「ガリューさんはちゃんとしまえていないんですよ。こうやって無駄なスペースを減らせばまだまだしまえるんですよ」
「それにしても盲点でした。いつも同じように作っていましたから、まさかこんな風に空間を利用できるとは思いませんでした」
ミルファーもきれいに整頓された商品を眺めて驚いていた。
「えぇ、この世界の建築は少し無骨で無駄な空間が多いように思います。ただ建てるだけなら俺の力はいらないけど、こう言ったちょっとしたことなら提案出来るみたいだ」
どこか嬉しそうな研吾。心につっかかっていたものが取れたみたいだった。
「先生、本当に助かった」
ガリューは改めて深々と頭を下げる。
「いえ、喜んでもらえてよかったです」
「それでここまでしてもらった費用なんだけど……やっぱり高いんだろうか?」
少し不安になる。確かに依頼書には金貨一枚と書いていた。しかしここまでしてもらったんだ。それなりの金額になっていてもおかしくない。
研吾も値段のことを言われ驚いた表情を浮かべていた。そして、必死に考えているところを見ると予算は度外視でただ少しでも収納を取れるように考えてくれたのだろう。少し悩んだあと、研吾は一枚の紙にスラスラと文字を書いて見せてくる。
『請求書』
ガリュー様
工事費合計【銀貨三十一枚】を請求させていただきます。
詳細は以下をご確認ください。
人件費、銀貨三十枚
その他雑費、銀貨一枚
そこに書かれていた文字を食い入るように見つめる。明らかに数字の桁がおかしい。これは何かの冗談か? あれだけの工事をして金貨一枚渡してお釣りが帰ってくるのか? それも半分以上……。念のために確認しておこう。
「先生、この数字間違えていないか?」
「どこか間違えてましたか?」
研吾が再度請求書の内容を確認する。それでホッとした様子を見せる。
「大丈夫です。どこも間違えていませんよ」
「おいおい、嘘だろう! ここまでしてもらって銀貨三十一枚ぽっちなはずないだろう。冗談はやめてくれよ。いったい金貨何枚なんだ?」
早口でまくし立てる。どう考えても信じられない。安すぎる値段だ。
「嘘ではないですよ。これでももらいすぎなくらいです」
研吾は不思議そうに言ってくる。
「本当にそれだけしか払わないぞ! いいんだよな」
ガリューは再三にわたって確認をする。
「はい、大丈夫ですよ」
ジッと研吾の目を見て嘘はないと判断したガリューは顎に手をあて、倉庫内を見渡してふとある考えに思い至る。そして、残り予算を見た上で頷いた。
「よし。それなら先生、うちの本宅の方もお願いできるか?」
「へっ?」
これで終わりだと思っていた研吾はさらなる依頼の追加に思わず聞き返してしまった。
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