第6話 収納の少ない家屋④
ガリューの本宅――鍛冶屋を営んでいる彼の家は主に2つの空間に別れている。鍛治を行う空間と居住空間だ。
「この家は俺が作ったんだ!」
ガリューは嬉しそうに声を上げる。まずはこの家メインとなる鍛治の空間から案内することにした。
「ここで鍛治を行うんだ」
大きな鍛治炉が置かれた部屋――ここは表の店舗部分と違い、床が階段二段分下がっていた。
『小さな階段が廊下とこの部屋を繋いでいるな。床が土のままという大事なのかもしれない。床の上に金槌や鉄の塊なんかが転がっているけど、これも鍛治で使うものだろうか』
一人考え事をしていた先生はボソボソと呟きながら紙に何かを書き落としていった。
「何だったら鍛治を行っている場面でも見ていくか?」
ガリューが胸を叩き豪快に笑いかける。折角ここまで来たんだから研吾にも勇姿を見てもらいたい。そう思ったのだが体良く断られてしまう。
「い、いえ……、それはまた今度で」
次にやってきたのは先ほど入ってきて商品の店舗部分――ただ、ここも商品を倉庫にしまったあとだともの寂しい感じがした。
広さ十畳ほどの部屋にカウンターが一つだけ置いている。
「ここに商品を並べていたのですか?」
「いや、はじめは注文を聞いて、そこから作っていたんだ。それが次第に作る速度の方が早くなってしまって物が余るようになったんだ」
研吾は幾つかの質問をガリューに投げかけ、それを先ほどの紙に落としていた。
鍛治の空間はこれで全てだった。次は居住空間を案内していく。
まずは一階にある居室――昔は何度か使ったことがあるが、それなりにちゃんとしたキッチンを購入していた。
「このキッチンって電気とかガスを利用してるのですか?」
研吾はメモを取る手を止めてミルファーに確認する。
「いえ、これはもちろん魔石で動いてますよ」
「魔石?」
「はい、特定の魔力を帯びた石のことです。それを触れることによって火が出たり水が出たりしますね」
「設備は問題なさそうですね」
ちゃんと使えることをミルファーやバルドールに確認してもらっていた。その結果、設備は問題ないようだった。
「それでここで食事を?」
「あぁ……、確かに食事をとったりしたこともあるな」
実際はほとんど使っていないのだが直接そういうのは憚られた。なので曖昧な返事をしたが、研吾に全て見透かされてる、そんな気がした。
『うん、この部屋も最低限必要な物はそろってるみたい。ただここも物が少ないからなんとかなっているけど、いざ本格的に使用するとなると収納が足りなくなりそう。きっと家を建てたときに自分が使用するだけだから、とそこまで深く考えていなかったんだろうな。とにかくこの本宅にも収納を増やすことが急募かもしれない』
また一人でボソボソと呟き感じたことをメモに落としていた。ガリューからすればこの部屋は特にいじるところもないように見受けられるが、それが研吾との感覚の差なんだろう。
一階部分はこれだけなので、次は二階へと案内する。
『うーん、二階の床と梁の間……ここがやけに空いてるな。中二階……まではいかなくてもここにも収納スペースができるかも』
階段を上りながら器用にメモをとる。本当些細なことでもメモしてるみたいで既に一階だけで隙間なく書かれていた。
そして、二階は寝室一部屋だけあった。それなりに大きな部屋――しかし、散らかされた服がそんなに広い部屋に見せなかった。
「ま、待て! こ、ここはいいから!」
ガリューは慌てて研吾たちを追い出される。そして大慌てで荷物を片付けていく。しかし、最後まで研吾はメモを取っていた。
一通り案内したあと研吾たちはガリューの勧める酒場へとやってきた。
「いらっしゃいませ」
小さいながらもどこか趣のある店内。店主もガリューと同じくらいの年の男性だった。厳つい顔の店主が研吾たちを席に誘導する。店主の正面のカウンター席――そこに四人並んで座る。
「今日はえらく大人数なんだな」
「あぁ、ほら、その張り紙のやつ――」
「あぁ、それじゃあそっちの三人が」
「そうだ。俺の家に倉庫を作ってくれた先生方だ。しかも普通の倉庫じゃないぞ! あれだけあった物がすべてしまえるだけのとんでもない倉庫を格安で作ってくれたんだ」
ガリューが肩を力強く叩いてきたので、研吾は思わず前に蹌踉めく。
「えらく柔な男だな。大丈夫なのか?」
酒場の店主にしてはえらく口が悪い気がする。そう言いながら研吾たちの前にはエールの入ったコップが置かれる。
「あぁ。何だったらお前も一度俺の倉庫に来るといい。すごいぞ!」
「がははっ、それで以前ひどい目にあったからな。お断りだ! それにしてもついこないだまで落ち込んでいたのにな」
「おい、それは言うなよ!」
二人して高笑いしていたが研吾たちはついていけずに目の前のエールに手をつけていた。
「あっ、美味しい……」
「だろう。うちのエールは最高品だからな」
ミルファーに褒められたのが嬉しかったのか、店主はさらに大きく口を開けて高笑いしていた。
そして、一通り食べたあと研吾たちは帰っていった。
新しい倉庫ができ、心が躍るのをなんとか押さえて鍛治部屋にやってきた。あれだけの収納だ。まだまだ作っても大丈夫そうだなと鍛冶をするのにも力が入る。早速新作の剣を打ち始めると、何か用があるのか研吾がやってきた。
「どうした? 早速この家の改装を始めるのか?」
「いえ、ちょっとガリューさんの仕事ぶりを見学したくて。いいですか?」
「おう、遠慮せずに見ていってくれ」
それからは何かするわけでもなくジッとガリューの姿を見ていた。少し気になるが、独特の視点をもっているこの先生のことだ。何か必要なことなのだろうと自分に言い聞かせてなるべくいつも通りに過ごす。
朝の間は鍛治で新作を生み出し、昼からはお店のカウンターで頬杖をつきながら昼寝する。
中が片付いたからといっても今までのことがある。早々人が来るはずもなく、来た人も部屋が片付いてることで場所を間違えたかと慌てて店を飛び出すことも多々あった。それほど客が来ていないにもかかわらず……だ。
「全く、俺をなんだと思ってるんだ!」
「仕方ないですよ。今までの雪崩が起きるほど荷物があったんですから……」
「でもよー。何かこう……もやもやとしたものが残るじゃないか」
うまく伝えることが出来ない。
でも研吾ならもしかしたらわかってくれるかもという期待感もあった。
「それならいっそ、もっと驚かせてしまいましょう!」
何かいたずらを思い浮かんだ子どものように笑う研吾。いったい何を思い浮かんだのだろうとガリューは期待で胸がいっぱいだった。
「それじゃあ残りを準備してきますね。明日から数日間は工事を行いますので鍛冶屋をお休みにしてもらってもいいですか?」
「おう、それは構わないぞ。でも数日で終わるのか? こういってはなんだがもっとかかるのではないのか?」
「いえ、倉庫は初めての依頼だったので色々と調べるのに時間がかかっただけですので、今度は大丈夫です。期待しててくださいね」
「あっ、ケンゴ様。ここにいらっしゃいましたか。見てもらいたいものがあるので少し来てもらえませんか?」
走って探し回っていたのか、少し額に汗を浮かべたミルファーが研吾を見つけ安堵する。
「わかりました、すぐに行きます。それじゃあガリューさん、今日は一日ありがとうございました」
「お、おう……」
それから研吾は慌ただしく店を出て行き、ガリューは一人ぽつんと取り残された。一体どんな部屋になるのだろうか? 期待と不安でいっぱいだったガリューはこれ以上集中することもできないと思い、店を畳みいつもの酒場へと足を運ぶ。
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