第3話 収納の少ない家屋①
町の西外れ――すぐ近くに町を守っている城壁がそびえ立つその場所にその家は建っていた。
木造の家の玄関戸には鍛冶屋の文字と共に金槌の絵が描かれた看板がぶら下がっているその家の中に入ると中はゴミ屋敷なのかと疑うほどの荷物の山々。
ここの店主――ガリューはとにかく鍛冶をするのが好きな男だった。
弱冠二十歳の頃から鍛冶一本ですごしてきたガリューには付き添ってくれる人もいなければ他の趣味も酒を飲むこと以外ない。まさに鍛冶をするためだけに生まれてきた男だった。
そんな彼も齢四十一になり、自分の思うとおりの剣などを製作出来るようになるとそれが楽しくて、ついついいらないものまで作りすぎてしまう。
その結果がお店の中に入りきらない商品の数々だった。捨てようにも自分で作ったものは愛着がわいてしまい捨てることも出来なかった。
「あの散らかった家を片付けるのに何か良い方法がないか?」
ガリューは行きつけの酒場の店主に問いかける。
「倉庫を作ったら良いんじゃないのか?」
「やっぱりそうだよな。でもめんどくさいんだよな」
目の前に置かれたエールをグイッと飲むと本当にめんどくさそうな声を上げる。
そして、程よく酔ったところで帰宅の途につく。
自宅につくと扉に手をかけ一気に開け放つ。中途半端に開けようとすると中の道具に引っかかりうまく開かない。
それほど中は荷物でごった返していた。開けた扉からは雪崩のように荷物が崩れてくる。それを避けると荷物を元に戻し家の中に入る。
ガリューが自分で作った二階建て木造住宅。二階に寝室一部屋、一階にはキッチンと鍛冶部屋。
そして、店舗部分が一部屋あるはずなのだが寝室以外は全て荷物で埋め尽くされていた。ガシガシと金属音を立てながら二階の部屋に向かって行く。
さすがにこのままではマズい。そろそろ倉庫を作ろうかと思ったとき、ガリューはいつもの酒場にある紙が貼られていることに気付く。
「店主、その紙は?」
「あぁ、なんでも今日から国が建築の依頼を募ってるらしいぞ」
「建築のなぁ……。これって誰でも募集出来るのか?」
「そうらしいぞ。予算に応じた建物を作ってくれるそうだ」
目の前に置かれたエールを飲むことも忘れ、ガリューは依頼書を眺めていた。
「そういえば、ガリュー。お前、倉庫を欲しがってたんじゃないのか? 試しに頼んでみたらどうだ?」
「国発行なら信用出来るだろうが今日張られたところだろう?」
「だから人身御供になってくれといってるんだ」
店主は笑いながらつまみを置く。それを食べながらもガリューの目は依頼書から離せなかった。
どうしても国からの依頼が気になるガリューは店主に無理をいって張り紙を一枚譲ってもらった、
なんでも王国からは数枚分の依頼書を受け取っているようで一枚くらいなら問題ないそうだ。
『住宅の悩みを解決します。現状敷地、名前、予算、建物の希望を書き大臣まで持ってきてください』
要約するとこのように書かれている。確かに自分でしなくていいなら助かるな。ただ、倉庫一件となると費用はどのくらいなんだ?
自分で建てるならほとんどかからない。でも、人を雇うわけだからやはり金貨くらいは必要になるのか?
ガリューは自分が溜め込んだお金を見る。そこには数枚の金貨しかなかった。鍛治ばかりしてろくに販売してこなかったせいでもあるだろう。
『鍛治狂い』
それがガリューの別名だった。ひたすらに鍛治ばかりをやり続けている。一部人たちには腕がいいことは広まっているのだが、やはり悪い意味で捉える者も多かった。
悩み抜いた末、自分でやるよりは……ということで依頼をすることを決める。
「えっと……何を書けばよかったんだ?」
依頼書をじっくりと眺めながらお世辞にも上手いとは言い難い文字で書いていく。
街の外れの鍛冶屋
ガリュー
金貨一枚
安くて物が多く入る倉庫
全てを書き終えたガリューは満足した様子でそのまま就寝する。
そして、朝一番に王城へと足を運ぶ。普段ではほとんど入らないそこは綺麗な魔吸石を使用したお城で噂では魔法師隊が三日三晩眠りにつかずに作り上げたという伝説が残っていた。
今でも輝きを失わないそれはこの王国の宝でもある。そんな中に一般人のガリューが入るなどついぞ思わなかった。
そして、依頼書を見てきたと門番の人にいうと二人組のうち、一人が急いで中に入っていった。そのまま呆然と待っているのも退屈なので残りの門番に話しかける。
「依頼を持ってきた人はたくさんいるのか?」
「いや、あんたが初めてだ。実際声を大にして言えないけど眉唾ものだろう。どれだけ来るのか気が気でならなかったんだ」
「そうか……。それでも王国が発行してるわけだからそれなりにしっかりしてるのだろう?」
「まぁそうだと思うが、詳細は俺たちにも伝えられてないからな。ただ、建築の匠を呼んだから町の建築事情を直すとだけ仰っただけなんだ」
たったそれだけでこの依頼書を発行するなんて王国も太っ腹だなと思いつつ本当にこの依頼を出していいのか不安になってくる。
「依頼失敗に関しては大丈夫じゃないか? 一応何かあれば大臣が責任を取ることになっているらしいな。おそらく修繕費と慰謝料をくれるんだろう」
「そこまでして大丈夫なのか?」
少し訝しんだ表情を見せるガリューに慌てて言いつくろう門番。
「きっとそれほど自信があるんだろうな。あっ、大臣様がいらっしゃったぞ」
お城の奥からは先ほどのもう一人の門番とローブ服姿の男性が歩いてきた。歳はガリューより少し下だろうか、背筋を伸ばして整った歩き方をしている。
「へぇ……、あの人がそうなのか?」
「おい、言葉遣いには気をつけろ! 国の偉いさんだぞ!」
門番の人が注意を促してくる。しかし、そういった教養のないガリューはどういった言葉遣いをしていいかすらわからなかった。
「よくいらっしゃった。そなたが依頼者か?」
しゃんとしたよく響く声で確認してくる大臣。
「おう、依頼書を見てきたんだ」
ガリューは不遜な態度を取りながら依頼内容を書いた紙を手渡した。
「ふむ、ガリュー殿というのだな。私はギルギッシュ。この国の大臣をしておる。あっ、しゃべり方気楽にしてくれていい。別にそのことでどうこうする気はないでな」
大臣は思っていたより温和な人だった。それはガリューにとって大助かりだった。
「それで依頼の方だがいつ頃になりそうだ? 出来れば速めに頼みたいんだが」
「こればっかりはケンゴ様次第と言うことになりますからな。一応早めにと言うことで伝えさせていただきます」
「よろしく頼む」
それから一つ一つ丁寧に確認していく大臣。そして、一通り話し終えた後大臣の「これで伝えさせてもらいます」という言葉を受け取ったときには既に日は沈みだしていた。
「おう、ガリュー、どうしたんだ? 今日は鍛冶をしていなかったようだが」
「いや王国に倉庫建築の依頼をしてきた。その話し合いだけでこんな時間だ」
行きつけの酒場でいつものように店主の前のカウンター席に座ると何も言わなくてもエールを注いでくれる店主。
それを喉に流し込むとようやく人心地つけた気がする。
「本当に行ったのか? それでどうだった?」
「どうもこうも、また後日俺の元に建築の先生が来るらしい。そこから工事開始だとよ」
「日にちは結構かかりそうだな」
「いや、自分でする面倒くささに比べたらずっといいがな」
がはははっと大きな口を開けながら店主が出したつまみをつついていく。
そして翌朝。もし今日に王国の人が来るとしたら……。自分の自宅を見る。売れ残っている商品で足の踏み場もない状態だ。さすがにこのままではまずいだろうと店の中を片付け始める。しかし、数年来に渡って貯め続けたものだ。そう簡単には片付かず、知らず知らずのうちにガリューは商品の中に埋まって身動きが取れなくなる。
「うぉ……、だ、だれか……」
誰もいないのだが助けを求め手足をバタつかせる。すると、店の外から扉を開こうとする音が聞こえる。
しかし、商品が引っかかって開くことができない。扉をノックする音も聞こえた。
「ガリューさーん、いませんかー!?」
聞いたことのないわかい青年の声。いや、それよりも今はこの状況だ。なんとかする方法を考えないと!
「ここにいるぞー!」
できる限りの声をあげるが外には聞こえていないようだった。
再び扉を開く音が聞こえる。今度は力一杯開いているのだろう。少しずつ扉が開いていく。すると、中の商品が低く地響きのような音を鳴らしながら雪崩のように流れていき、それと一緒にガリューの体も店の外に流されていく。
そしてようやく体が商品から抜け出すことが出来たので体を起き上がらせる。
「いたたたっ……」
どこかで打ったのだろう、少し痛む頭をさする。
すると目の前の若い少年が手を差し伸べてくる。
ガリューのひと回りほど下の年齢だろうか。黒よりも少し色が抜けた髪色、平均程度の背丈、華奢な体つき、そして、どこか憂いを帯びた瞳。
その瞳はガリューにも心当たりがあった。
鍛治をやり始めて数年、自分が作りたいと思っているものができなかったあの時と同じ瞳だ。自分はそのあと夢を叶えたが、この少年は今がむしゃらにもがいているところなのだろう。
そう思うと少しその少年に心を開くことができた。
少年から差し出された手を取り、その場に立つと体をはたいたあと、お礼を言う。
「すまねぇ、助かった」
「いえ、無事でよかったです。ところであなたがガリューさんですか?」
どうやら少年はガリューのことを知っているようだった。どこかで噂を聞きつけてものを買いに来たのか? いや、よく見るとこの少年の他に二人少し後ろに立っている。ガリュー以上の体格を持った青年と小さな体の少女だ。
少年を引き立たせるように立っていることからこの二人は少年の召使いではないかとあたりをつける。
つまりこの少年はそれなりに位の高い者かもしれない。
「あぁ、俺がガリューだ。それであんたは?」
「初めまして、ガリューさん。俺は研吾・安藤と言います。本日はガリューさんが建築の依頼があると聞きまして来ました。こちらは俺のサポートをしてくれるバルドールとミルファー。合わせてよろしくお願いします」
研吾という少年が頭を下げるとそれにつられるように2人も頭を下げる。
まさかこの少年が建築してくれるとは思わなかった。だって見た目が相当華奢だぞ! どう考えても重たいものが持てるようには見えない。いや、そのためにサポートとして召使いが来たのだろう。
「つまり、あんたが俺の依頼をこなしてくれるのか?」
「はい、そうです。早速ですが依頼内容を聞いてもいいですか?」
どうやら間違いないようだった。ガリューは信じられないといった顔つきで研吾を見る。
しかし、当の本人がこう言ってるのだから間違いないだろうと内容を説明していく。
「内容はすごく簡単なんだ。今見ての通りこの家に収まりきらないくらい売れ残りの商品が増えてな。それをしまえる倉庫が欲しいんだ。ただあまり費用はないからできるだけ安価なもので頼む」
ガリューが説明していくとそれを聞き逃さないように紙にメモをしていく研吾。その顔は真剣そのものだ。これなら期待できるかもしれない。一通り説明し終えると研吾は二度頷く。
「わかりました。ではすぐに取り掛からせてもらいますね」
おっ、すぐかかってくれるのか。それならものの数日で片付くかもしれないと期待を持つガリューだが、研吾は予想外のことを後ろの少女に聞き出した。
「あのミルファー? この国では魔法で建築するって聞いたけどどうやってやるの?」
「……口で言うより試したほうがわかりやすいですよね」
呆れてものも言えないといった感じで答えるミルファー。それを聞いた途端ガリューの不安はさらに大きなものとなる。そして、研吾たちが一礼した後町の外へと歩いて行き、姿が見えなくなったところでガリューは大きなため息をつく。
本当にあのまま任せて大丈夫なのか?
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