第2話 プロローグ②

「へっ?」



 思わず素っ頓狂な声が出る。今までいた和室とは違う見たこともない床――よく見ると壁も大きな石を組み合わせた組積造のような作りをしており、天井は高く、シャンデリアがぶら下がっている。そして、研吾を取り囲む数人の男達――一人は王冠を被った荘厳な雰囲気の男性。他は青銅の鎧を着た者や黒いローブを着込んだ者たちがいた。一様に言えることはどう見ても日本人の格好をしていない。



 どういうことだ? ここはコスプレパーティでも開かれているのか? まだ夢の続きか?



 なんて見当違いなことを考えていると急に王冠の被った男性が研吾へと詰め寄ってくる。



「救世主殿、敵を寄せ付けない堅牢な国を作ってください!」



 この男性の口からとんでもないことが飛び出してきて研吾の頭は困惑する。



「ちょ、ちょっと待ってください! お……、いえ、私には何が何だか……。まず状況を説明してください!」



 両手を突き出して、研吾は言う。すると、この男性もまだ何も説明していなかったことに気づき、少し離れてから改めて軽く咳払いする。



「すまない。少し切羽詰まっておって取り乱してしまった。とりあえずこの国の状況を一通り話そう。まず私の名はアルトニ・グラディウス。この国――グラディウス王国の国王をしている。してお主の名は?」



 この人、王様だったのか


 確かに格好は国王のそれと言われても遜色ないがそれにしても若い。一回りくらいしか変わらないんじゃないだろうかと研吾は思いながら答える。



「私は安藤研吾といいます」



 失礼のないように注意しながら答える。すると国王は一度頷いてから話を進める。



「実は私の父が以前の国王をしていたのだが、まだ若いうちに他界されてな。それで急遽この私が国王の座についたのだ。そこまではよかったのだが、この国はこの辺りでは弱い国家で北を大国のイスカンディ王国、東南西を大森林に囲まれているのだ。ただでさえ隣国や自然の脅威に晒されているのに、ここ最近では特に大森林から有用な自然の素材は相当数採れることがわかった。そうなると私が国王についた途端、他国からの侵攻が頻繁に行われるようになったのだ。それはなんとか撃退出来たのだが、大森林に囲まれているせいでいつ魔物が襲撃してくるやもしれん。それに今すぐに他国から襲われる心配はないが、いつかは襲われる恐れがある」



 確かに素材が豊富にとれるとなると他国からの標的となってもおかしくないだろう。それが国王が替わったところとなるとなおさらだ。しかし魔物――どういったものかはわからないけど凶暴そうなイメージを受ける。襲撃してくると言ってることからもそのイメージで間違いないだろう。



「今のままではいつか滅んでしまう。そうさせないためにも今の国を堅牢なものに変えてくれる――建築の適性があるものを召喚魔法を使い、別世界より呼び出させてもらった。多分お主は天使様に会ったと思うぞ。この世界にくるにはお主の承諾がいるはずだ」



 確かに俺は承諾したな。それにそんな状況なら誰かを呼び出すのも頷ける。ただどうしても引っかかるものがあった。



「でもどうして俺なのですか? それに建築の特性を持つものよりもっと……例えば戦えるものを呼び出したほうがよかったのではないですか?」



 特にこれといって力を持たない、精々多少建築の知識があるだけの自分に出来ることなどないような気がする。やはり夢なのか? こんな大仕事、自分が任されるわけないもんな。



「まず戦えるものについてだが、これはどういうわけか召喚魔法を使うと魔法の使えないものが出てきてしまうのだ。実際、今のお主からは魔力を全く感じない。それは魔法戦争とも言われるほぼ魔法の強さで勝敗を分けるこの世界の戦争ではほとんど役にたたない。しかし、それ以上に――」



 国王は研吾の持っていたガレージキットを興味深く眺めたあと、それを指差す。



「やはりそちらの世界の技法は素晴らしい。美しさと堅牢さ、そのどちらも兼ね備えたこの建物、こうした技術こそがこの世界にないものなのだ! 是非ともこの強固な技術を我が国にも!」



 国王は熱く熱弁する。それほどまでにこのガレージキットを気に入ったのだろうが、これは俺が組み立てただけで実際に作れるかといったら疑問符がつく。しかし、どうして建築技術を持つものが召喚されたのかだけはわかった。



「確かにこの技術は凄いですが、それを私が作れるかどうかは……」

「頼む。この疲弊したこの国を救えるのはお主のもつ建築技術だけなのだ!」



 国王が頭を下げる。それをみた周囲の人たちは一様に騒ぎ出すが御構いなしにその体制を維持し続ける。



「や、やめてください……そこまでするなんて……」



 一国の国王が頭を下げる、それほどまでに切羽詰まった状況なのだろう。それに動揺した研吾は慌てて元の体勢に戻るように促す。



「本当にこのままではこの国は滅びてしまう。私はこの国の――皆の笑顔を守りたいだけなのだ! どうか力を貸してくれ!」

「でも、私にそこまでの力はありませんよ」



 必死に頼んでくる国王に研吾は慌てふためく。



「そ、それでも是非お力添えを――」



 そこまで言われるとさすがに力になりたいと思えてくる。それに今の研吾にとって、国王の提案は魅力的だった。夢に近づいてると思っていたはずが逆に遠ざかり、辞めどきを探していた彼にとっては、国王が提案したことは研吾が夢に描いていた都市計画を行えるということなのだから本当なら初めから即答ものだった。


 しかし、それでも元の世界に未練がないかと言われれば答えはノーだった、


 両親は共に健在だし、恋人はいないがそれなりに親しくしていた友人もいる。そしてなによりおじいさんの名のように自分の名前を広める。それも出来なくなる。



「あの……、やっぱり帰る……なんてことは?」



 恐る恐る口を開く研吾。こういった場合だと元に戻れないことが多々あるからだ。



「申し訳ない。この召喚魔法を使うのに大魔力石に魔力を込めて行うのだが、これに魔力を貯めるの数十年かかるのだ。つまり一度召喚してしまうと次に出来るようになるまで数十年以上かかってしまう。悪いがそれまで待ってもらえないだろうか。その間、出来る範囲だけで構わん。依頼をこなしていってくれないだろうか?」



 戻るまで時間がかかる以上それまでの食い扶持を得る必要がある。そして自分に出来ることといえば建築のことだけだった。それにここまで自分のことを必要とされる、そんなことが今までになかった研吾は悩んだ末に国王の提案を飲むことにした。



「わかりました。どこまで力になれるかわかりませんが、協力させていただきます」

「――本当か? なら早速この城の強化を頼む」

「えっ……、このいきなりお城から……ですか? さ、さすがにいきなりこのお城となると大規模すぎて、もし何かあって手のつけられないことになっては困りますので……」



 いきなり大掛かりな計画を任されたことに慌てふためく研吾。異世界に来たばかり、右も左も分からない状態の中、これほど大きな計画は避けてもらいたい。せめて、この世界の素材や工法に慣れてからでないとと考える。



「ふむ、確かにいきなり城というのは厳しかったな。よしわかった。それなら国民から依頼を募って解決していくというのはどうだ? この城も今すぐ不備があるというわけではない。それをこなしながら、襲撃までにお城のほうも取りかかってくれれば良い。そちらは王宮からの依頼として時期が来たら出すとしよう」



 国王の提案したことは町のちょっとした依頼をこなしてくれってことだった。おそらくリフォーム的なものになるのだろう。



「それなら大丈夫です」



 じっくりと考えたあと、それくらいなら今の自分にも出来そうだと納得する。



「なら決まりだな。こちらとしてもお主のやり方に慣れてもらう必要があるからな。出来ることからやっていってくれ。あと、お主の作業を手助けする召使いを準備する。あとで部屋に案内させるからそれまでゆっくりと休んでおいてくれ。――大臣!」

「かしこまりました。ではケンゴ様の部屋にご案内させていただきます。何かありましたらこの鈴を鳴らしてくださいね」



 国王様の隣にいた男の人が鈴を渡してくる。


 これはなんだろう? ただの鈴に見えるけど


 研吾が鈴を回転させ眺めていると大臣が笑いながら答える。



「ははっ、ケンゴ様。それは呼び出しの鈴と言いまして、鳴らすとそれに対となる鈴も鳴るのです。今回で言いますと私が持っている鈴が鳴りますので気軽にならしてください」



 それはそれで下手にならすと迷惑なのではと大事に握りしめる研吾。そのまま大臣に案内されてお城を出る。そして、すぐ側の大きな塔――その中の一室に案内される。


 そこも比較的大きな石材を使用した組積造で作られている。少し重々しい雰囲気を感じるがそれはここが王城側の塔だからだろう。出来れば町の宿とかそういったところの方がありがたいかもしれない。クオーターとはいえ、研吾は生まれてからずっと日本に住んでいる。木のぬくもりを感じられる方が心休まるのだった。


 まぁそれはおいおい相談してみよう


 そう心に決めると大臣の後に続く。


 そして、案内されたのは十畳ほどの広さがある部屋だった。入り口から見て向かいの壁に小さな窓が一つついている他に、バス、トイレ、ベッドはあるがそれ以外何もない質素な部屋だった。



「では、今召使いの方を呼んで参ります。今しばらくお待ちください」



 ギルギッシュは頭を下げると部屋から出て行った。そして、残された研吾はガレージキットを部屋の端に置くと窓から外を眺める。

 窓の先には澄み切った青天と緑々しい森林が広がっていた。そして、下を眺めると活気はあるのだろうか、遠巻きに人が歩いているのが見える。


 しかし、王様がいる町の割にはどことなく小柄な街並みだと感じていた。


 そして、大きくため息……。

 どうしてこうなったのだろう


 都市計画を行えるという嬉しい気持ちとしばらく元の世界に戻れないという悲しみが研吾の中でぶつかりあってニガ虫を噛み潰したような顔をしていた。

 とにかく自分に出来ることをやっていこうと気合を入れ直す。




 しばらくベッドに腰掛けながら待っていると軽く扉を叩く音がする。この扉は石でも木でもない初めて見る素材で作られている。この世界特有の素材だろうか? 調べたい気持ちもそこそこに来客のために扉を開けに行く。するとそこに立っていたのは男女の二人組だった。



「失礼します。本日付であなた様にお仕えすることになりました召使いのミルファーと申します。今後ともよろしくお願いします」

「俺はバルドールだ。ミルファーと同じく召使いをしている。丁寧な言葉遣いは苦手だからこれで慣れてくれると助かる。よろしくな」



 研吾よりだいぶ低い、平均的な女の人よりも少し低いスレンダーな体型。そして、茶色の長い髪をした素朴な女性――ミルファーはガチガチに緊張しながら恭しく頭を下げてくる。


 それに対してかなり大柄な、二メートル近い体をしたがたいの良い大男――短めの赤髪をしたバルドールは片手を上げてフランクに挨拶をしてくる。


 どちらかというとバルドールさんのほうが話しやすそうだ。ただ、召使いというならミルファーさんのほうがそれらしいな。メイド服とかを着せたら似合いそうだし……

 そこまで考えたところで首を左右に振る研吾。召使いの2人はそれを不思議そうに眺めていた。



「バルドールさん、ミルファーさん、これからよろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」

「そんな堅苦しい。気楽にバルドールとでも呼んでくれ! よろしく頼む」



 大層に頭を下げるミルファーとポンポンと肩を叩いてくるバルドール。そして、二人と話していると大臣のギルギッシュも部屋にやってくる。



「おお、もう仲良くしているようで良かったです。ところでケンゴ様、これからなのですが何か依頼があったときは朝、日が昇ったときに伺わせていただきますのでそれまでは自由にしてください。それとこの袋の中に当面の資金を入れさせてもらっていますので自由にお使いください」



 大臣が渡してきた袋はずっしりと重みがあった。

 これがどのくらいのお金かはわからないけど安くはない金額だろう。大切に使わせてもらわないと。



「そうだ。この国の住宅事情について教えてもらっておいて良いですか?」

「住宅事情……ですか。そうですね、一応魔法による建築が基本ですね」

「えっ? 魔法による建築?」



 どういうことだろう? まさか住宅を建てるような魔法があるのだろうか?


 研吾が疑問に思っていると大臣が更に詳しく説明してくれる。



「はい。魔法で材料を切ったり、くりぬいたりした後、組み立てるだけで簡単にできるのです。最近では1人で建ててしまわれる方もいるほどですね」



 それって俺の出番ないんじゃないだろうか?

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