明日、死ぬ人 【KAC20214】

江田 吏来

「明日、死ぬ人ならわかるよ」と、友人が言った。

 俺は、友人を捜している。

 そいつとは、高校二年生の時に知りあった。

 勉強が出来るわけでもなく、運動神経が良いわけでもない。中肉中背、なにもかもが普通で、これといった特徴はない。それでも、気になる存在だった。だれもが楽しく、にぎやかにしている休み時間に、彼はひとりでぼーっとしている。派手に騒ぐのが嫌いで、目立たないようにしていた俺と、同じタイプだと思ったからだ。

 声をかけると、はじめはかなり警戒されたが、お互いスクールカーストの底辺にいる。ひとりでも平気だと、言い聞かせていても、仲間ができれば、それはそれで楽しい。不思議と心が軽くなって、俺たちは、教室のすみでたわいもない話をして、ふざけあうようになった。

 しかし、ただ単にコミュニケーション能力が低くて孤立していた俺と違って、友人には、人と関わりたくない理由があった。

 それを思い知ったのは、夏の暑い時期だった。


「江田、自動販売機で牛乳を買うのか?」

「は?」

「いや、なんか白い飲み物を買う気がして」

「カルピスソーダーなら買うけど?」

「そっか、カルピスか。おしい」

 そう言って、細い目をさらに細めて笑う友人は、ものすごく勘が良い奴だった。俺が買おうとしている物や、テストの点数などは、教えてもいないのに、ほとんど当ててくる。トランプで遊んでいる時もそうだ。ババ抜きや神経衰弱が、桁外れに強い。

「僕にはカードが見えるから」

 なんて、中二病的な発言もする。

 その日は一度も勝てずにふて腐れていたから、「ズルしただろ」と、しつこく言いがかりをつけてしまった。

 すると。

「ズルなんてしてない。見えるもんは仕方がないだろッ」

 かなり怒った口調で鼻をふくらませると、友人は、ジョーカーを一枚だけ加えたトランプを机の上に並べた。

 裏向きになって散りばめられたカードを、俺がさらにぐちゃぐちゃに混ぜて、ジョーカーの場所をわからなくした。

 それでも友人は、ゆっくりとカードをめくっていく。

「これは、違うな」

 目をつぶりながら、指先に全神経を集中させたかのようなそぶりで、カードをめくる。次から次へとカードをめくっても、ジョーカーは出てこない。

 まさか、本当に透視ができるのか? なんて興味津々に身を乗り出して見ていたが、五十三枚あったカードがラスト二枚になっても、ジョーカーは現れない。

 眉間の皺を深くした友人は、しばらく考え込んでいたが、左のカードを指差した。

「見えた。こっちがジョーカーだ」

 友人が指したカードをめくると、三日月のそばで不気味に笑うジョーカーの姿が。

「うわっ、すげぇー!」

 まるで手品を見ているかのようだった。

 俺は興奮して友人に詰め寄った。

「もしかして、スカートの中とかも見える?」

「ははは、見えないよ。僕のこれは透視じゃなくて、予知っていうのかな。未来がわかるんだ。このカードをめくった先の未来。みたいな感じ。神経使うし、疲れるし、見たくなくても見えることがあるから厄介だよ。あっ、でも」

「でも?」

 友人は手招きをして俺を呼びよせると、耳元でハッキリと言った。


 ――明日、死ぬ人ならわかるよ。


 ドクンと心臓が大きな音を立てると、鼓動が速くなるのを感じた。

「し……ぬ?」

 あまりにも驚きすぎて、恐怖に似た表情でもしてしまったのか、友人の瞳が一瞬ゆれた。でも、すぐに明るく笑ったんだ。

「はいはい、この話は、もうやめよう」

 その場の張り詰めた空気を変えようとしてくれたのに、バカな俺は「本当にわかるのか?」と、聞いてしまった。

 友人は、しばらく視線を宙に泳がせていたが、とても挑戦的な目で俺を見ると、机の中からノートを取り出した。

 開いたノートをのぞきこむと、そこにはおばさんの絵が。

 不自然なアーチ型の眉をした、厚化粧のおばさん。ぽってりとした肉付きの良い丸顔には、人の好さそうな笑みが浮かんでいる。

「だれ、これ?」

「知らない人。でも、明日、死ぬよ」と。

 その日はそれで終わった。

 かなり気味の悪さを感じても、俺は友人の言葉をまったく信じていなかった。しかし、翌日の新聞を目にした俺は、足元から全身にかけて、一気に鳥肌を立てることになる。

 大規模火災の記事と共に、友人がノートに描いていたおばさんが、いた。にこやかに笑っている白黒の写真だが、亡くなった人として載っている。

 新聞を投げ捨てると、急激に胃からすっぱいものが込みあげてきて、俺は吐きそうになった。

 蒼ざめたまま学校へ行くと、友人が声をかけてくる。

「江田、今朝の新聞、見た?」

「えっ、見てないよ」

 俺はとっさに嘘をつく。「明日、死ぬ人」の話をするのが怖すぎて、知らないふりをした。それからトランプで負けても、面白おかしく悔しがって、予知のことには触れないようにして過ごした。

 幸いなことに、高校卒業後は別々の大学へ通うことになったので、会うことも話すこともなくなった。

 就職してからは忙しさも加わって、完全に忘れていたころ、スマホにメールが。

 友人からだ。

 読むのが少し怖かったが、俺と友達になれたことが、一番楽しかったと書いてあった。不気味なことを言ったのに、何事もなかったかのように接してくれたのが、嬉しかった、と。

 俺は、友人が心底怖かった。

 何事もないふりをして、徐々に距離を取って、ただ逃げただけなのに。メールを読めば読むほど、頭を殴られたような気分で、申し訳ない気持ちが波のように押しよせる。

 また会いたいと思ったが、画面をスクロールする指が止まると、背筋に冷たいものが走った。

『昨日、鏡の前に立っていたら、いきなり未来が見えたんだ』

 そのあとは、ずっと空白が続いて――。

『絶対に、車の運転をするな。きっとこれが、最後の願いになるから』

 そこでメールは終わっていた。

 俺は、震える指を必死に動かして返信したのに、返ってきたのは、エラーメール通知だけ。

 SNSを駆使して、友人の所在を捜しまわったが、いまだに手掛かりひとつ、つかめていない。

「そんなヤツ、いたっけ?」と、冷たい返事が続いている。


 俺は、車の事故で死んでしまうのか?

 最後の願いって、どういう意味だ?

 もし、おまえがこれを読んだなら、もう一度連絡をくれ。

 俺のメールアドレスは、あの時と同じままだから。



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